セレンディピティ
道が狭まり、道が確定された遼は、田村に真っ直ぐ向かって走る。それは田村の期待した道。自分に向かってくるはずの唯一の道。
――私がポールを中心に立てば、奴はポールの『左右のどちらか』に回り込む……ポールと奴を真っ直ぐに合わし、回り込む方向に合わせて、ポールを中心に同じ軌道で、私も回り込む……そして……『右だ!!』
『田村!!!!』
風間が田村の名を叫んだ瞬間、勝敗は決まった。
それは田村の理想。そして田村の『脳が今みている』光景。
向かって右に回り込む遼の軌道に合わし、田村はポールを中心に左に避け、ポールより前に出た遼の手に狙いを定め、手錠を掛けると同時にポールにも手錠を掛ける。
『がぁぁ! がぁぁ!』
『どうですか? すぐに逃げられないでしょう! 残酷ショーの始まりです!! とりあえず足を止めますか!! ハハハハハハハハハ! 私の勝ちです! ハ ハハハハハハハー! そしてこの偶察力勝負の先! 私の幸福! それはあなたの能力を手に入れた時が! セレンディピティの完成です!』
田村は今、遼の足に機関銃を『放っている気分』でいる。
――ハハハハハハハハハぁハハハハハハハハハ。
歓喜の顔を浮かべる田村。だがこれは、歓喜の走馬灯を見ている。目を離さずにその全てを眺めていた風間。
――田村……お前は……その手錠で、『今から奴を』、ポールに繋ぎとめる考えだったんだろ? しかし奴は、『両手で』お前の首をつかんだ。お前の顔は喜びに満ちあふれている。すでに体から、頭が離れていようと、体は機関銃を下に向けて放っていることから、お前のやりたい事は理解したぞ! 流石だ……田村。
最高の作戦と思い、思考が先走る田村。頭だけの存在となり、見たい光景を脳で見ている田村。遼がつかむ歓喜の顔の田村。足元はすでに体ごと倒れている。遼は、言葉にもならない唸りを吐きながら、田村の頭を潰す。
『化け物がっ!!』
見届けた風間は船から離れる。無意識の遼は、フェムの道が途絶え、その場で倒れ込む。入口から見えてくる人影。口を抑えながら出てくる皐月と、応急処置をした香山が現れる。
『……(終わったか……皐月……担架で運ぶぞ)……』
『はい……』
ほかの船員には頼まずに、二人で丁寧に持ち上げ、担架に乗せられる遼。悪意ある心を持つ船員などの接触を恐れ、治療することだけを考え、回復させることだけを心で唱える二人。
『本当……自分にない力って欲しがってしまうものね……』
『……(だがこの青年は望んで手に入れたか? 普通の若者……おそらく死が近付いていた事で手に入れたことだろ……どちらが幸福だったか)……』
『無いものねだりだけど……それでも羨ましく感じるわ……でも私には荷が重すぎる』
治療室へ向かって運ばれる遼。立てこもっていた船員への連絡は、船内の殺害は田村の単独犯の扱いとして、仲間である風間は逃亡したとされた。そして遼の治療は続く。
空軍基地で誘導により着地するヘリコプター。険しい表情で操縦席から降りてくる清正。後部からも降りてくるハル。何人かヘリコプターに駆け寄り、ハルの横で倒れている操縦士に気づき、担架の要請を連絡している。
『彼は気絶してるだけだ! 起きたら後で話しがあると伝えてくれ』
『はい!』
『娘が出血多量だ!! 止血と点滴は行った。続けて処置もやってくれ』
『はい! 担架を用意します!』
『必要ないわ……自分で医務室にいく』
『ハル……』
疲労感を見せないたたずまいで、ヘリコプターから離れ、眉間に力が入った目つきは、清正から見ると普段より機嫌悪そうに見える雰囲気で歩くハル。清正が 遼を何者かに渡したことは、半分は理解できるが、半分は、何かが間違っている気がする腑に落ちない思いと、自分を助けた人間を自分たちのために渡したよう な罪悪感が払拭できない面持ち。時折すれ違う基地の隊員に会釈されながらも、頭がいっぱいな気持ちなのか、周りの様子も見えない雰囲気で反応が遅れながら 礼を返す。一先ず腕の治療も必要であるが、その話を聞いてくれる人物もその目的の部屋にいた。
医務室に到着するハルは、気を取り直しているのか呼吸を整えて、自分に言い聞かせるような優しいテンポのノック。
『はい』
『失礼しま~す』
『おお春枝! 戻ったか!』
『おじいちゃん!』
笑顔のハルの表情に安心をしつつも、包帯を巻かれ、赤く滲む手首をみる「出浦盛清イデウラモリキヨ」。
『随分無茶をさせたようじゃな……スマン……』
『大丈夫だょ~。それよりパパにイラついてる』
相槌の代わりに笑顔で返す盛清は、振り返り、新しい包帯や薬品を棚から物色しながら言葉を返す。
『お前が医務室に着く前に清正から連絡がきた……彼は残念だ……しかしお前を思う気持ちも理解してやってくれ』
『んん……まあ』
『すべてはわしのきまぐれからの始まり、清正はわしの尻拭いをしたんじゃ……本当すまない……』
息子の心中を自分のことのように代わりに謝る盛清に対し、ハルは沈黙しつつも、複雑な表情を浮かべるが、すぐに話を変える。
『おじいちゃんまだ現役で医者続けるの?』
『あぁ、まだわしを必要とするお偉いさん方がいるからのぅ! 勝手な言い分じゃが、力がなくなりホッとしとる』
『もうパパに医術譲って早く隠居しなよ~』
『あいつはまだ頭が固い……もうちょっと柔軟性がついたらな』
『それおじいちゃんの歳になるまでムリそう~』
『ハッハッハッ! それは困ったのぅ』
気持ちを下げたくないハル。とりとめのない話で笑顔を絶やさないように繋げるハルと盛清。医務室ではハルが入室したときからテレビがついていた。ハルは横になり盛清と雑談しながらも、ニュースを適当に眺める。
【今日未明~……~警察署~……~の鈴村和敏容疑者が……】
『鈴村?』
【療養中の病院を抜け出し、拳銃を警察署より窃盗、現在指名手配となってます。現在は……】
途切れ途切れに耳に入った古くない名前に反応したハル。それを盛清に尋ねるように言葉を繋げる。
『鈴村って、昨日……遼が町田とやり合ったもうひとりの刑事?』
『顔に銃弾と聞いたが脳は外れたみたいじゃの……昨日の今日で拳銃の窃盗とは』
『鈴村は何か始めるね……動機は限られるわ』
『そうじゃな……なんにしても春枝はまず治療じゃ』
興奮しそうなハルを落ち着かせ、点滴後すぐに輸血を始め眠り込む。睡眠導入剤によりいびきをかいて眠るハルを盛清はにこやかに眺め、静かに医務室から退室する。医務室の外では、清正が待合用のソファーに座りうつむいていた。
『春枝に絞られたか』
『いや……話そうとしない……』
困った顔でにやける清正。
『まぁ……しばらくほっとくんじゃ。複雑な考え方と、助けられた人間を自分達の保身のために売った訳じゃ。あの子の歳で割り切るのは難しい』
『俺は……間違いだったかな……』
『わしはお前を責めはせんよ。結果がどうであれわしらの事を考えての行動じゃ。あとの事はやって来る出来事に対応するだけじゃ』
しばしの沈黙に、清正がふと横目の先を眺める廊下の先。清正に目線を合わせた隊員が近付いてくる。
『お話し中失礼致します。気絶してました操縦士が目を覚ましました』
『すぐ行く』