セレンディピティ
皐月は両手で口を抑え、泣きそうになる。もしかすると、自分がそのような事をしていたのではないかと想像する吐き気と身慄。震えるその両手を優しく握り、香山が思う最善を語る。
『……(彼の身体は生きようとしてる。そしてあの能力を他国に渡す訳にはいかん。俺は彼を治療しようと思う。そして仲間に返すのが一番だ。生き残るすべは仲間が知っているはず)……』
『わ……私達が危ないんじゃない?』
『……(俺達はどんな救急患者も経験してきた。二人で管理していけば大丈夫だ! それに……彼が俺達を殺す気なら、能力は俺たちに移るだろう)……』
一度能力の移動を経験した皐月。悪意ない接触は危険とならない可能性。味方となる父親との絆と、自分を見失わない強い気持ちを、ひとつの大きな呼吸で心を落ち着かせ、前を向く。
『今、彼はどこ?』
『……(病室に戻ろう)……』
皐月は香山の腕を自分の肩に掛けて、戦慄と死の残骸が待ち受ける病室に向かう。
『ハァ!! ハァ!! お前は体がもつか!?』
『ハァ!! さあ……ハァ!! どうでしょうか……』
船からすぐにでも離脱しようとヘリポートへ向かう二人。追い求めていた能力の凄惨な一部を目の当たりにして、逃げずにはいられない生存への逃避。
『本土は近い! すぐに病院いけ!』
『それは……ハァ……ハァ』
『どうした!!』
田村の気配が消えることで振り向く風間。田村は立ち止まっている。何かを熟考している様子。それは逃避した先にまつ自分の身の振り方への懸念か。能力に対する渇望か。逃げることで、離れることで冷静になれたひと時。田村の言葉は、背水の覚悟で挑む挑戦か。
『風間さん……行って下さい』
立ち止まる風間。そのままたたずみ、田村を静かに見つめる。外の光に後光さす風間の暗い表情に、落ち着いた口調で田村は話し出す。
『さっきは面食らってしまいましたが……彼の能力は、自分の生存の為に動いてるだけです。私は……今、生き延びても、いずれすぐ死ぬ身です……なら、彼が落ち着いた時に、殺意のない接触を試みます』
『奴の能力はまだ未知数だぞ!!』
『私達が彼に対して欠いてた事は、きっと動物的な本能です! 恐らく今頃は落ち着いて……』
逆光でも微かにわかる風間の目線。それは、風間の目線が自分にない事に気付く。振り返る田村の目に映る、自分の考えを再構築。何を目的に、何故自分達に、本能か、能力か。その声は意識か無意識か。
『ぐがぁぁぁぁあああああ!』
『か、風間さん……あなたの言ってた通りですね……無意識でも……自分の環境を理解して、行動する力もあるようですね……無意識で何を基準に!? 風間さん! エンジンをかけて下さい!! 彼が乗り込むかも知れません!!』
『お前は!?』
『奪ってみせます。能力を!!』
光に向かって走る風間。白く眩い景色からクリアな視界になると、目の前には自分たちの乗ってきた大型のヘリコプター。風間はすぐに乗り込み、ヘリコプターのエンジンをかける。
『田村ー!! こい!!』
『大丈夫です!! 行って下さい!! 彼が近づいただけで、力を奪えます!!』
ヘリコプターがゆっくり上昇しようとする。それを待ち構えていたかの様なタイミング。遼は唸り声を上げながら、ヘリコプターに突進する。
『やはり目的はヘリですね!』
遼の進路に立ち塞がる田村。遼は手を低く構える。
『な!? こ、攻撃がくる!?』
遼は、これから両手を振り上げる様な構えで、田村に襲い掛かる。寝ていた時の様子とは、明らかに違う肉質と凶暴性。危険度を察知した田村。飛ぶように真横に避ける。
『クッ! 彼に何が起きてる!? そして……何か見えてますね……目で見るものでない何か……』
田村を相手にせず、ヘリコプターに向かう遼。態勢を立て直した田村も追いつけない事を理解する。
『仕方ないですね!』
即座の判断で田村が拳銃に触れると、瞬間的な出来事を理解するべきスベがないはずの遼に変化を感じる。
――や、奴の体の姿勢が変わった!?
思考しながらも、田村は躊躇なく発砲する。発泡する直前から感じた。それは遼の動きが何かに迷う動き。右に行くのか、左に行くのか、少なからず目の前の ヘリコプターへ最短で到達するための走りではなかった。銃弾の軌道がわかっていたかの様に、後ろ姿で避ける遼。田村は続けて発砲しようと構える。
――そ、そうか!! なるほど!
何かに気付き二発発砲する。背中から両肩を狙った、左右の回避の難しい軌道に、最短で避けられるための行動か、遼は真横へ低く回避して転がる。遼の目線は転がりながらも、ヘリコプターから田村に変わっている。
すでに上昇を始めたヘリコプター。十分な高さ。田村の上空に近づき、風間が放り投げるものがある。
『田村ー!!』
風間は機関銃を投げる。受け取り構える田村を確認すると、更にトランシーバーを投げる。片手でしっかり受け取る田村は、すぐにトランシーバーを使う。
『有難うごさいます! そして能力がわかってきました!』
【どういうことだ!】
『一種の予知能力のようなものです! 撃つ前に体が避ける態勢になってます』
遼の保有する能力ににじみよる田村の思考。すでに死期の近い者へ移動する不可思議を考えれば、無理な思考でもないことで、はっきりと風間へ伝える。
【まわりの行動が先読み出来る訳か! その仮説が合ってるとして、勝てるか!?】
『私に勝てる可能性があるとしたら、わかっていても避けれない状態にする事です……』
トランシーバーを耳から遠ざけ、新しい道を探しているように首をぐるぐるとゆっくり回す遼に向かって、理解を期待せず言葉を放つ。
『さあ!! ヘリに乗り込むことは不可能となりました!! 船内への道は私が塞ぎます!! あなたの進む道は私に向かう事です!!』
田村は自分の持ち物を頭に浮かべる。考えられるギリギリまで、遼の向かう道がハッキリわかるまで、冷静に、慌てずに、考えられるだけ考える。
――拳銃……機関銃……トランシーバー……手錠……ナイフ。真正面で戦うには不利過ぎる……せめて攻撃を制限できる環境がないと、二手でやられる。私の周りにはロープ……これは旗を揚げるポール……。
実践慣れをしている田村は、偶然的に自らの環境にあるもの全てを利用出来ないか、偶察力の戦いを挑む。風間は相棒として期待出来る田村の思考能力を上空から見守る。
――もし予知能力があるなら、何を隠しても見えてますね……。
田村は横に立っている旗用の細いポールを再び眺める。
――この障害物があるだけで、物理的攻撃は相当不利ですね
田村は船内への入口から少しずつ遠ざかり、旗を上げるためのポールの後ろに立つ。回していた首が止まる遼。ひとつの道が見えたのか、横向きから勢いよく 走り出す。その走り出した方向を確認したかのように、田村は船内への入口に避けられないほどの銃撃を、遼に当てることを考えずに乱射する。
『う゛がああぁぁぁ!!』
その乱射は田村への直線上だけは無事なライン。田村は自分に向かうように仕向ける軌道で機関銃の乱射を続ける。
『私はポールの右か左か読むだけでいいんです!!』