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セレンディピティ

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 遼の様子を眺めようと近づく船員。病室の外から見えていた倒れた点滴。簡単に直せそうな事と、簡単に心配を消去法で解決しようとしていた。近づいた瞬間、それが重要ではないことがわかった。
『な、何が起きたんですか!?』
 壁の血痕に視野が広がり、惨劇を想像させ、引く血の気。目線を下げた瞬間、二人の船員の死体を見付ける。何をすべきかの判断も曖昧になり、無防備に遼の寝るベッドまで近付く。
『これは……大変な事が……う!? うぅ……か、体の力が入らない……』
 何も理解が出来ないまま、船員は遼の前でうずくまる。そして資材置場では、皐月の言葉の真意と距離感を計る田村。
『もぅ、私に能力はないの!!』
『どういうことだ!!』
 皐月に近づこうとする風間。その勢いより、皐月の言葉が重要と感じる田村は、軽く上げた手で風間の進行を防ぎ、聞き耳を立てる。
『私は全員を殺す気だった……でも今のままじゃ奪われる!! だから私は、偶然廊下で出会った船員に能力を移した……そして別の道から病室に向かうように言ったわ……きっとあなたたちが、お父さんを倒してくると思って』
 皐月に、一歩接近する田村。
『本当ですか?』
『船員に近付いた途端……身体から力が抜けて一瞬倒れたわ』
『能力を奪われた娘と同じ症状だな!! 田村、急いで戻るぞ。皐月!! お前は動くな! 次見たら殺す!!』
 タンカを切って皐月に背を向ける風間。その後ろに続こうとする田村だったが、一旦振り向き、しゃがみこんだ震える皐月にひとつの疑問を尋ねる。
『ところで……あなたは、船員含めて、香山さんを、殺すつもりでしたか?』
『お父さんは……た……多分……殺せない』
『では誰が能力者になるんですか? 香山さんはあの程度なら死にませんよ?』
『え! あ!! そ……そうね……』
『医師ならわかるはずです。香山さんに死期はありません。偶察力は、勘だけでは、上手くいかない事が多いという事です』
『急ぐぞ!』
『はい!』
 能力の転移に不安を残しつつ、病室に急いで戻る風間と田村。顔を両手で覆い隠す皐月は、静かな資材置場で、身を沈める。

『うぅ……なんだこれは……こ、これはコイツの力? この! やめろ!』
 船員は、何をどうしていいかわからず、得体の知れない能力があると聞いていた目の前の少年によるものかと思うが、船員自身の症状と反して、気配を感じられない遼の手を握って意志の疎通を試みようとする。
『う゛っう゛あああぁ』
 遼の体に触れようとする刹那。握ろうとする音のない手が、まるで見えていたかのように、遼の手が逆に船員の腕をしっかり握り、その握力は、そのまま握り つぶすのではないかと感じるほどの精気で握り締め、今までの意識不明に見える様子が嘘のように、どこを見るでもなく船員の手を握ったまま起き上がり始め た。目はうつろに、口は力なく半開きな、まるで夢遊病の童。
『あ、あのがおはぁ、意識がのぁぃ(あの顔は、意識がない)!!』
『ギャアアアアアアアアア!!!!』
 船内に叫び声が響く。それは現状の痛み、恐怖、それを聴く者全てに理解を求めるかのように。病室へ走る二人にも、それは気のせいとは感じられないほどのプレッシャーが心に響く。
『ハァ! ハァ! まずいぞ!! 何か起きた!!』
『ハァハァ……誰が……ハァ……能力者でしょうか!!』
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
 船員が目線を下げて凝視する先には、自分の脆くも握り潰された。変形した腕。
『あぁ……あぁ……あぁ……』
 腰に力が入らず、四つん這いに逃げる船員。慣れない態勢は、たまに地につく潰れた腕。船員は、恐怖と驚嘆を目に表現する香山の姿を見ながら、這いずりながら、思い出したかのように言葉をこぼす。
『香山さん~! 逃げましょうお゛~あ゛ぁぁ……痛い……はぁぁ……あと!! 皐月さんが伝えてと言ってましたあ゛!! 『譲った』と!!』
 遼は、這いずる船員へ後ろからにじみより、船員の肩と首を掴む。
『う゛があああああああ』
 遼は、これから行う事に、邪魔に感じたのか、力を存分に発揮できるため、握る肩と頭部に力を集め、船員の首を、横にもぎ折る。
 開いた首筋。最後に感じる生命力である頚動脈の鼓動。誘われるように、その開いた肩に噛み付く。
 少しの時間、目撃している香山にとっても初めての光景。少しずつ病室から後ずさる香山の耳に現実に戻してくれる足音。尻を床につけたまま後ろへ下がる香山の凄惨な表情を横から目撃し始めた風間と田村が病室に到着した。
『香山さん!!!? お……おい……嘘だろ……聞いてないぞ……こんなの……』
 血の気が引く光景の先には、床一面、悪趣味な血のアート。無作法な、弱肉強食の食物連鎖か。原形を更に崩す船員。食べ続ける。終わりはどこか。満たされる最後の部位はどこか。終わった後は……続くのか。言葉に出せない光景に、冷静でいたい田村が振り絞って声をだす。
『え……栄養が足りず……無意識に食料を探す?……逃げましょう!!』
『さ……さ! さちゅきぃはぁ…』
『皐月か? あっちの奥の鍵が壊れたドアだ!!』
 風間の簡単な道標に、香山は起き上がる明確な理由も定まり、自分自身の痛みも状態も気にせず、皐月の方向に走り出す。香山の逆に走る風間と田村は、少しでも状況を整理したいため、走りながら言葉を投げ合う。
『ハァ!! ハァ!! あんな化け物だったとはな……』
『正直……ハァ!! ハァ!! ハァ!! 震えが止まりません……ハァ!! ハァ!! 歯が折れながら無理矢理食べてましたよ……あまりに弱肉強食です』
『とりあえず逃げる事だ!!』
 真っ直ぐヘリポート向かう二人。皐月を探そうと走る香山。香山は痛みと失いそうな意識の中、廊下の壁にぶつかりながら、前へ進む。皐月が倒した備品棚の 残骸。香山はよろけながら座り込む。そこで手にとったタオルを、ぐらつくあごを固定するため、あごから首に結び、震える皐月の待つ資材置場へ近づく。
――こんな化け物を渡す訳にはいかん。
 鍵の壊れたドア。それは風間が拳銃で壊した痕跡。そのわかりやすい目印に、ゆっくりとドアを開き、その気配に気づいた皐月も、自分の体を両手でしっかりと抱きしめながら、口をタオルで巻いた父親を確認する。
『さちゅきぃ!!』
『お父さん!』
 香山に向かい、走り、肩の下に顔を埋めながら抱き着く皐月。次に口から出るのは、無意識な自分が行った狂気の謝罪。
『ごめんなさい! ごめんなさい!』
『おむぁえわぁわりゅくにゃい(お前は悪くない)』
 謝罪を快く受け取った父親の胸を借りて泣きじゃくる皐月。それでも思い出したかのように尋ね始める。
『お父さん……どうするの? これから! 誰が能力者?』
 再び皐月を抱きしめ、動きづらい口で、皐月の耳元に囁くように香山は話し出す。
『……(元の身体に戻った)……』
『じゃあ静かに眠ってるんじゃないの!? さっきの悲鳴は!?』
『……(彼は栄養が足りないのか……船員を……食べ始めた)……』
『え!? は!! や……』
作品名:セレンディピティ 作家名:ェゼ