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セレンディピティ

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『おお、香山さんお疲れさん』
『お疲れえ。これで……全員かい?』
 迷彩服を着た「風間(かざま)」がヘリコプターから降りる。香山は顔をヘリコプターの中に覗かせながら左右を見るが、操縦席にいる者以外、その奥からは何も人の気配を感じない。負傷した者すらいなかったのかと、手間がなくて喜んで良いのか複雑な心境を抱えながら風間に向き直る。
『ああ、酷いもんだ。あれは怪物だ……ところでこっちにもう運ばれたか?』
『手当が終わったとこだ。派手にお互い暴れたもんだな』
『まあな……だけど気をつけて接触しなよ。無意識でも派手に動くぞ』
 目線を止めて風間の目を見る香山。その真意を深く尋ねたい。
『寝てる時か?』
『いや、瀕死でもう気を失ってる状態でだ』
 その言葉に固まるように考える香山。そして完全停止したヘリコプターの操縦席にいたもう一人、「田村(たむら)」が現れる。
『あれは防衛本能でしょうか? まるで体中に目がついてるような動きでしたね』
『今「皐月(さつき)」が一人で看護しとる!』
『監視付きじゃなきゃあぶねえ! 向かうぞ!』
 真っ先に走り出す香山。ヘリコプターより機関銃を取り出し、構えた状態で香山に続く風間。田村は胸元に手を当てながら、全員で病室に駆け付ける。全力疾 走の三人。願うことは、聞こえてこない悲鳴。廊下に響く足音。時折、船員とすれ違うが、後続する田村がこれ以上の騒ぎにしないためか、手のひらを広げ何度 か押さえるような仕草で船員達の挙動が激しくならないように気持ちを抑える。病室のドアを乱暴に開ける香山。
『どうしたの?』
『あぁ、良かった! こいつらが妙に心配させること言っててなあ!』
『あら、優しいのね。でも彼、起きる気配ないわ』
 皐月と遼に対して何度も目配せする香山。微動だにしない遼の気配に安心してか、下を向いて息継ぎを繰り返す。風間は香山に変わるように言葉を続ける。
『でも用心してくれ、彼はこんな状態でも多分動くぞ』
『まさかぁ……ヒッ!!』
 田村が突然、鞘(さや)に収めていたシースナイフを投げる。それは皐月の横をすり抜け、遼の頭の真上となる壁に刺さる。
『あぁ驚いた! 危ないでしょ!』
『すみません。今、彼が起き上がるなら、ここで終わらせようかと思いまして』
『丁寧に恐い事言わないで! それに彼は昏睡から覚めないかもよ』
『まあ、それならこっちには都合いいんだけどな』
 初めましての挨拶に、ナイフを投げた田村の落ち着いた口調や、楽観する未来を語る風間に、皐月は話も処置も終わりと感じさせる雰囲気で立ち上がり、口を尖らせて、頬をふくれさせ、わざとふてくされた表情を見せながら処置室を退室して、医務室へ向かった。
 風間と田村は横目で目を合わせ、これからの展開や、それまでの様子を語る。
『無意識で暴れられるようじゃ、他国に引き渡しても研究にならないだろうな』
『やっぱり、なんだかんだでさっきのは、意識があったんですかね』
『だろうな』
 風間と田村の簡単なやりとりに、呼吸が安定した香山は、興味と重要性の匂いを感じて尋ねる。
『どんな事があったんだ? なんだか見ているだけなら、意識が見えないような人間の話に聞こえるぞ?』
 その言葉に無言となり、回想を蘇らせているのか、香山に振り返った風間が話し出す。
『さっき清正が娘を救助にきた時だけどな……』
 時間は少しさかのぼり、清正によってハルが救出された時から話は進む。
     ◆◆◆
『あの大木にいる!!』
 大木を指差すハルに清正はうなずく。薄暗い、グレイな森林の中、清正は真っ直ぐ大木に到着する。そして清正の視界に堂々と入ってくる者。風間が機関銃を構えることもなく、清正に歩み寄ってくる。
『清正さんよぉ、彼はいただきますよ?』
 その言葉に、全く動揺をみせない清正。待ち合わせを感じるように、風間に続いて田村も続いて現れた。
『そうしたいが、彼の能力は危険だ! 何人のプロの傭兵が死んだ?』
『まぁそうだけど、死んだ奴らが浮かばれないねぇ』
 弔い合戦をするような表情には見えない軽い口調の風間。その場しのぎな言葉の後ろでは、風間に重なった体にはっきりとした様子を見せないが、清正はナイフを握り締める田村を想像する。
 まるでハルと同じように、それはフェムを確認するように辺りを眺める清正。すると静かに声が聴こえるかどうかの距離まで、遼へ近づいた。
『君は生きたいか?』
 反応しない遼。それもわかっているように、独り言のように、自分に言い聞かせるように続ける。
『忠告したはずだ! 人になるべく近付くなと……俺達の力は根絶やしされた方がいい』
 遼を始末することで、それまでの死を帳消しにするためか、拳銃の引き金を引く清正。遼を狙って二回発砲する。それは間違いなく遼を狙った銃弾の起動だった。
『なっ!』
 大木から突如飛び出す遼。清正と風間と田村から一番遠ざかる方向へ体を遠ざからせ、すぐに向き直る顔には視点は誰かに定まっているものでもなく、目も体も揺れながらも、その体の方向は清正を向いていた。
『う゛がががが!!』
 遼の両手が地面から離れたと同時に、清正に飛び掛かるように駆け出す。それは田村から見れば絶好の標的であり、素早く遼の真後ろに位置を定めた。
『こい!』
 遼を迎え撃つ姿勢の清正。注意は清正に向いていると思われる遼の背中から、田村の投げたナイフが飛んでくる。確認する様子も感じない遼は、一気に地面に 伏せる。ナイフは清正のすぐ横にそれて後ろにそびえる木に刺さる。顔を上げる遼。機関銃も構えず傍観者として横から眺める風間にもわかるほどのひどい形 相。清正に顔を向けるが、力尽きたのか、うつぶせでその場に倒れる。
 清正の横を歩く田村の呟きは、能力に対しての驚きと賞賛。
『あれが避けられるなんて驚きです』
 田村のナイフを気づく間もなく危険を避けられた理解の及ばない反射神経に、正面から見ていた清正に確認するように風間は問いかける。
『起きてたのか?』
『いや、顔を直視していたが、意識のある顔じゃない。この能力はそういうものだ』
『はははっ! 気に入ったぜ! やっぱりいただくぜ!』
『どうなっても知らんぞ! ただ、もう俺達には関わるな! それが条件だ!』
『あぁ、こいつがいれば充分納得するだろ。報酬を頂いたあとはお前に用はない』
 清正は拳銃を腰のホルスターに収納しながら、遼の様子を静かな目で眺め、危険性を感じないと判断してゆっくり近づく。
『あとで俺が連れていく』
『裏切ると繰り返しだぜ? 死刑囚は……俺の元戦友だったんだ。思い出させない方がいいぜ?』
 表情からは見て取れなかった風間の心に引っかかっている事情。
 遼を肩にかつぐ清正は、無言で立ち去るかと感じるほど風間の言葉に反応しないが、一旦立ち止まり、背中越しに話し出す。
『安心しろ。お前らより先に到着するだろう……それに俺達の能力は研究されて解明できるような類いじゃない』
『まぁ……俺が判断することじゃないな。俺達は雇われただけで、欲しい奴らに売るだけだ。それで終わりだ』
作品名:セレンディピティ 作家名:ェゼ