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赤のミスティンキル

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「ミスト、ありがとう。ごめんね……」
 ウィムリーフは指でそっと涙を拭った。ミスティンキルは彼女の頭を二度、三度と優しく撫でる。彼女の暖かさ、柔らかさを感じていると、自分の動揺はすうっと消えていった。

 しばらく経って、ウィムリーフはミスティンキルの腕の中から離れた。ウィムリーフは涙を拭い、呼吸を整える。凛とした表情。それはいつもの、賢く落ち着き払ったウィムリーフだ。
「ウィム……」
 ミスティンキルは笑みを浮かべ、恥ずかしそうにミスティンキルとアザスタンを見た。
「取り乱してごめん。とにかく今は、この冒険に集中しましょう。メリュウラ島からデュンサアルへ帰ったら、二つの冒険記をまとめて完成させるわ。……そうしたらあたし達、新しい旅をはじめましょうよ。ウェインディルを探す旅を」
 ウィムリーフは気丈に言ってみせた。
「さ、行きましょう。そこの壁づたいに階段があるわ。あれを上っていけば屋上に出られそうよ」
 見るとウィムリーフの言うとおり、四方の壁の一つに階段が設けられ、つづら折りになって天井まで伸びている。彼らはそちらに向かった。

◆◆◆◆

 ウィムリーフを先頭に三人は一列縦隊になり、壁面に設けられた狭い階段を慎重に上っていった。強固にしつらえてあるように見受けられるものの、塔が建造されてから八百年もの年月を経ている。階段が朽ちていないか、足元を一歩一歩確かめながら上を目指す。
 そうして天井まであとひと息、青く明滅する“魔力核”に並ぶ高さまでようやく上がってきた。
 塔の壁面には外へ繋がる小さな穴が三カ所だけ開けられており、鳥が巣を作っていた。先ほど外を見渡して塔を確認したときと同様だ。三人は鳥達を刺激しないように階段を上っていく。
 一方、天井から鎖で吊られている奇っ怪な立方体は、硝子かなにかでできているようだ。核の内部にはなにかしらの魔力が存在している。詳細は分からないが、それがよくないものであるとミスティンキルは直感した。

「――夢を見ていたのよ。ずっと」
 先頭を行くウィムリーフが独り言のように語り出した。
「デュンサアルの宿で、あたし達がやってのけた冒険を書き綴ってるときにね、もう次の冒険のことを考えちゃうのよ。せっかく東方大陸《ユードフェンリル》の南端まで来たんだから、ラミシスの遺跡に行ってみたい。そう思うようになってから、なんていうのかな……奇妙な夢を見はじめたのよ」
 こつ、こつ、と階段を上りながらウィムリーフは言葉を続ける。
「……あれは夕暮れ時。どこか知らない宮殿の中にあたしひとりがいるの。そしてたったひとりで歩いて行くのよ。どこの宮殿なんだろう。大陸にはないような様式で、とても綺麗だったわ。しばらく歩いていると誰かに呼ばれた気がして――ふと気付くと、いつからかあたしは長い螺旋階段を降り続けているの。で、あたしの少し前には人の影のようなものが歩いているの。あたしは影の後を追うように階段を降りていくのよ。それからあたしは――」
 そこでウィムリーフは言い淀んだ。
「――。そんな夢を何度も何度も続けて見てるうちに、夢の場所はオーヴ・ディンデ城で、オーヴ・ディンデがあたしを呼んでるんじゃないかって。……夢の中の出来事だからうまく言えないけれど、運命的なものを直感したわ」
 ウィムリーフは立ち止まり、振り返った。彼女を覆う青と“魔力核”が放つ青。二つの色合いはいかな偶然によるものか、酷似していた。瞬く周期すらも同調しているように見える。
「そう、ここに来なければならなかった」
 先ほどと同じ言葉を――しかし毅然と――ウィムリーフは言ったのだ。
「ウィム?」
 ミスティンキルには彼女が何を言わんとしているのか分からない。彼は返す言葉が見つからずに戸惑った。そんなさまが可笑しいのか、ウィムリーフは妖しげにくすりと笑った。
「さあ、行きましょう」
 そう言って彼女は階段を再び上っていく。訝りながら後の二人もついて行く。

 こうして階段を上り詰め、ウィムリーフはとうとう天井部に至った。目の前には石造りの厚そうな扉がある。これを開ければ塔の頂上に出られる。
「よっ……やっと!」
 気合い一声、ウィムリーフは重厚な扉を真下から押し上げた。外から差し込むまばゆいばかりの光が、彼らの目を眩ませた。
「重そうな扉だな。手を貸すぜ」
 彼らを覆っているぎくしゃくした雰囲気を吹き飛ばそうと、ミスティンキルは声をかけた。
「平気!」
 ウィムリーフは即答し、歯を食いしばって腕に力を加える。どすんと重い音を立てて扉が開放された。
「ふうっ……出るわよ!」
 ウィムリーフに続き、ミスティンキルも光の中へ――ヌヴェン・ギゼの屋上へと躍り出ていくのだった。

◆◆◆◆

 そうして三人は屋上に立つ。地上から半フィーレの高みにいて、周囲の全てを見渡すことができるのだ。淀んだ空気と陰鬱な闇が支配する中から出てきたので、高地の空気がとても心地よい。

 彼らがまず確認したかったのは、オーヴ・ディンデの現況だ。カストルウェンとレオウドゥール両王子が、そしてエシアルル王ファルダインと朱色のヒュールリットすらも、オーヴ・ディンデに辿り着けなかった。強力な結界は、いまだに存在しているというのだろうか?
 三人は円状に広がる盆地を遠望した。空気が澄んでいるために盆地の全容が眺望できる。戦火を逃れたラミシス王国時代の建造物がそこかしこに残っているのが分かる。あの地域こそがかつてのラミシス王国の中枢部。そして中央には王城たるオーヴ・ディンデがあったのだ。が――
「やっぱり……」
「見えねえ……か……」
 ウィムリーフもミスティンキルも言葉を失う。
「結界……」
 アザスタンが忌々しそうに言った。
 盆地の中央部――オーヴ・ディンデ周辺の領域が不自然にぼやけて見通せない。半球状を象ったそれこそが結界だ。オーヴ・ディンデは今なお、結界の向こう側にあるのだ。三人が受けた呪いといい、先ほどの青い“魔力核”といい、この島にはいまだに何かしらの魔法が残存している――あるいは発動されたのか――?

「ウィム……。見てのとおりだが、それでもお前は行くっていうのか?」
「行くわ! もちろんよ! 何言ってんのよ!」
 こともあろうかウィムリーフは激昂し、ミスティンキルに噛みついてきたのだ。
「結界なんて解いてみせる! あたしはあそこに行くためにこの冒険を始めたのよ! 万策尽きるまでやってみせる! このままおめおめと帰るなんてわけにはいかないのよ!」
 彼女は、らしくもなく吠え、ミスティンキルを睨んだ。面を食らったミスティンキルは、もはやだんまりを決め込むしかない。さらにウィムリーフは、鋭い眼差しで結界を凝視した。彼女の醸し出す執念たるや尋常ではなく、アザスタンまで圧倒されてしまっている。

 しばらくの間、ウィムリーフは結界を睨み付けていたが、やがて目を閉じると大きく一呼吸した。冷静さを取り戻したのだろう。彼女の顔つきが穏やかなものになる。
「……降りましょう。これで探索は終わり。あとはゆっくり休みましょう」
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥