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赤のミスティンキル

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 ウィムリーフは二人に、まるで憑き物が落ちたような晴れやかな様子で言う。そうしてくるりときびすを返し、階段をこつこつと降りていくのだった。

 腑に落ちないのは屋上に残されたミスティンキルとアザスタンだ。ウィムリーフはどうしてしまったのか。
「なんなんだよ。あいつは。気が触れちまったのか? 本気で心配になってくるぞ。アザスタンはどう思う?」
 ミスティンキルは口をとがらせた。
「……先ほどのウィムリーフだが、自我をほぼ喪失していたぞ」
 アザスタンは言う。
「自我を喪失?」
 と、ミスティンキルは聞き返す。
「ウィムリーフが青に包まれた前後のことだ。“魔力核”を見上げて認識したときとも言うが……あの娘はおかしかった。今までに無い、異様な気配を感じた」
「ああ……」
 ミスティンキルは頷いた。彼女が記憶を失ったというだけならまだいい。虚ろになったり激昂したりと、こうも様子を豹変させるとは、ミスティンキルの知っているウィムリーフらしからぬことだ。彼女に何が起きているのか。
「そりゃあその、疲れてたんだろう。こんなきつい冒険をしてきたんだ。おれだってフラフラだからな」
 ミスティンキルは言い繕う。それがでたらめで、自分を安易に安心させたいがための言葉だと分かりつつ。
「否。そのような表層的な要因ではないだろう。体力も精神も、あの娘は強靱だ。おぬしも知っておろうに」
 龍はすぐさま看破した。
「じゃあ……」
「なあミスティンキルよ。あれは――今し方わしらが見ていたウィムリーフは、本当にウィムリーフだったのか……? 彼女自身が分かったうえでの言動なのか?」
 ミスティンキルの言葉を遮り、アザスタンは真摯に問うた。しばし、ミスティンキルは押し黙った。取り繕っていても仕方がない。龍のアザスタンは嘘などすぐに見抜いてしまう。ならばとミスティンキルは、自分なりの推論を吐露した。
「……誰かがウィムリーフを操っていたとでもいうのか?」
「あるいは。それもあり得る」
 アザスタンの言葉にミスティンキルはぐさりと心をえぐられた。
「……なんのためにだよ?」
 ぶっきらぼうなミスティンキルの問いに対して、アザスタンは目を細めた。ややあって彼は答えた。
「……魔導王国の、復活」

 それを聞いてミスティンキルは目を見開いた。
「はあ?! よりによって……馬鹿馬鹿しい! そんなこと――」
「可能性としては捨て置けぬぞ。この地に来てこうも魔法が発動しているのはなぜか? 偶然か?」
 ミスティンキルは二の句が継げなくなった。どくどくと、鼓動が早まっているのが分かる。動揺しているのだ。
「どう思う?」
 龍は容赦なく、ミスティンキルの返答を求める。
「……魔導を継承したおれ達がこの島に来たことで、今まで眠っていたラミシスの魔法を起こしちまったのかもしれない……ウィムにばかり変なことが降りかかるのは分からねえけどな」
「ラミシスの中枢域、そしてオーヴ・ディンデ。かの地になにがしかの答えがあるのだろう。進むほかはない。罠かもしれないと知りつつもな」
「……ウィムのやつがなんかの鍵になっていると?」
「今までの状況を踏まえると、そう考えるべきだろう。ともあれオーヴ・ディンデまでの道のり、わしらはより注意せねばならない。魔法の発動にも、ウィムリーフの異変にも」
 アザスタンはそう言うと階段を降りていった。
「それでもだ。……おれは、あいつを、信じてる」
 ミスティンキルはひとりごちた。彼女の身に何か起ころうとしているのならば、自分が助けないとならない。その意志を固めた。




(四)

 いろいろなことが起こった塔から降りて、三人は水路のある正面へと戻った。ヌヴェン・ギゼに辿り着いて最初に休憩を取った場所だ。その安らいだ雰囲気は先ほどと寸分も変わらない。すっかり変わってしまったのは三人のほうだ。
 ミスティンキルは草原にごろりと仰向けに寝転がった。これ以上動きたくないと言わんばかりだ。肉体的にというよりも、精神的にかなり堪えた。アザスタンも木陰で座り込んでいる。一方――
「お疲れさま。あたしはこれから壁の模様を描くけど、ミスト達はもう休んでもらってかまわないわ」
 ウィムリーフは柔らかな口調で言った。先ほどの変容など無かったとすら錯覚するまでに。
「これからって、お前」
 ミスティンキルは気怠そうに上半身を起こした。
「うん?」
 ウィムリーフは画材を手に取ると、ミスティンキルに聞き返す。
「おれのことはいい。お前こそ休まなきゃいけねえよ……あー、そんな身体なわけだし」
 ウィムリーフの身体は今なお青い光に包まれている。
「こんな身体? そうね。光ってるけど……あたし自身、とくにどうといった異常はないみたいだし、気に病んでもないから安心して」
 ウィムリーフは笑ってみせようとしたが、一転、表情を曇らせた。
「本当……さっきはミストにもアザスタンにもいろいろ迷惑かけちゃったわね。あたし、どうにかしてた。冷静じゃなかったわ。ごめんなさい」
 ウィムリーフは二人に対してそれぞれ頭を深く下げた。
「いや、いいって。顔あげろって」
 ミスティンキルは優しく言う。異変のことはさておき、なるべく普段どおり彼女と接しようと意識する。
「正直に言っちまうと、やっぱりお前のこと心配なんだよ、おれは。いくらなんでも頑張りすぎじゃねえのか。疲れてんならそうだって、はっきり言ってくれ! あんまり根詰めるなよ!」
 ウィムリーフはゆっくりと顔を上げ、ミスティンキルに微笑んでみせた。
「へえ? 優しいんだ、ミスト。……気遣ってくれてありがとう。まあ、そりゃあ疲れてるわよ。でも描くのは楽しいから平気。あとはしっかり食べて、夜ぐっすり寝れば回復するわ」
 二人のやりとりはいつもの雰囲気に戻っているようにみえる。
「――この魔導塔のこと、もっと記録しておきたいのよ。これは冒険家としての使命ね。絵を描ききったら今日はもう動かないから、安心して」
「そうだな――」

(おい)
 承知しかねたアザスタンがミスティンキルに念を飛ばしてきた。
(おぬし、それで納得できるのか。言葉面だけで)
(それなりには……)
(言い淀むとはおぬしらしくない。納得できないのならば問いただせ。先ほどのわしの言葉が引っかかっているのだろう?)
 アザスタンの念には圧力がこもっている。
(ああもう、分かった!)
 ミスティンキルは念を打ち払うと、あらためてウィムリーフに語りかけた。
「ウィム。そのう……」
 ウィムリーフを傷つけないようにとミスティンキルは言葉を選びながら、どうにかしゃべろうとする。今の二人を取り巻く、心地よい雰囲気を壊したくない思いもある。
「なんていうかな、ええと、そうだ。さっきウィム、夢を見てたって言ってたじゃねえか」
「……? うん」
「お前、魔法をかけられてるとか、ないか? 夢を見ていて暗示にかかるとか、そういう話を聞いたことあるぜ」
 ウィムリーフは信じられないとばかりに、びっくりした表情を浮かべた。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥