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赤のミスティンキル

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 未明となり、見張りの交替でミスティンキルがウィムリーフを起こしたとき、彼女から青い光は消え失せていた。

◆◆◆◆

 こうしてまた次の朝を迎えた。メリュウラ島に着いて早五日目となった。

 一行が歩いていくと、やがて木や石で造られた建造物の名残のようなものが散見されるようになった。このあたりの平原はかつて、ラミシス王国の一般市民が居住区域としていた地域なのだ。だが九百年以上時を隔てているために今やすっかり風化している。
 住居跡がある程度集まって存在していることから、かつては町や村といった集団で人々が生活していたことが見て取れる。そして農耕や牧畜が行われていたであろう痕跡もかすかに残っていた。ウィムリーフは時々歩を止め、こうした周囲の風景を日誌に描写していた。
「肉体と魂の不死を追求した魔導王国――か。生け贄を使った悪魔的な儀式が連日のように行われていた――。この遺跡からはとてもそうは感じないわね。ここの人々は普通に生活していたとしか……」
「だけどそういった悪行が知れ渡って、アズニール王朝が軍を差し向けて滅ぼしたんだろ?」
「実際、歴史上そうなのよね。もっと奥へ――魔導塔から先の中枢域に行けば違った印象を受けるのかしら?」
「魔導の興った地だからな。もっと魔法的ななんかがあってしかるべきな気がするぜ。実際おれ達は呪いを受けたんだから」
「……そうね。目的地に着いたからって浮かれないで、気を引き締めていかないとね」
 うんうんと、ウィムリーフは自身を納得させるように頷いた。

 さらに進んでいくと、黒くてごつごつした巨大な岩塊が平原のところどころに見受けられるようになった。これは遙かな昔、火山だったロス・ヨグ山とロス・オム山から噴出した火成岩が集まってかたまったものだ。またミスティンキル達が通った湿原地帯にしても、その形成に際しては火山の堆積物が大きく関わっている。ウィムリーフは火成岩の小さな欠片を拾って熱心に眺めたあと、自分の荷物の中にしまい込んだ。彼女の住んでいた西方大陸《エヴェルク》北方域には火山がないため、とても珍しかったのだ。
 遺跡と岩塊が混在する奇妙な景色だ。やがて霧が立ちこめてくると、白いもやに包まれた風景は、まるでこの世のものとは思えないまでの不可思議さを醸し出すようになった。太陽は頭上にあり、光輪を作って幻想的に地上を照らす。
「なんていうか不気味な感じだな」
 とミスティンキル。もやで山が見えなくなったので、彼は魔法の球を発現させた。
「怖くなったの?」
 ウィムリーフがにやりと笑ってみせた。
「ばか言え。そんなわけあるか」
 ミスティンキルはぶっきらぼうに返答する。
「ふふ。でもまあ、まさにこれこそ魔境、遺跡って雰囲気よね」
「なんだろうな。いつか見たような気もするんだよな。そうだなあ……ピンと来たのは死後の世界ってイメージかな……」
「そうね。でも“幽想の界《サダノス》”のことは誰も知らない……死後の世界というのはこの世界最大の謎のひとつね」
 アリューザ・ガルドに生きるものは死後、月を通って“幽想の界《サダノス》”へ至る。これは誰しも知っていることだ。しかし“幽想の界《サダノス》”がどういう世界で、そこでは自分達がどのように存在しているのか、具体的に知るものは一人としていないのだ。それがアリューザ・ガルドを創造したアリュゼル神族であっても。
「ミストの言うことも分かる気がする。あたしも死後の世界って印象を感じるわね。それとも“幽想の界《サダノス》”に至る道……? うまく言い表せないけど……心象風景として、あたし達の心の奥底に存在する景色なのかしら」
 ウィムリーフは首をかしげて言った。
 とその時、ミスティンキルが鼻をひくつかせた。
「このにおい……ウィム、分かるか?」
「ええと……?」
 とっさの問いかけにウィムリーフは戸惑った。
「どうやらどこかで温泉が湧き出てるみたいなんだ。そんなにおいがする。ウィム、久々に湯浴みができるかもしれないぜ?」
「本当?!」
 ウィムリーフの顔が一転、ぱあっと明るくなった。
 島にある二つの山は死火山となったとはいえ、大地の躍動を今なお伝えている。それが温泉だ。
「野営する付近にもあるといいんだけどな、温泉。……なんなら一緒に入るか?」
「あはは、それはだめ。ちゃんと見張りの役をこなしてなさい」
 一笑に付すと、ウィムリーフは断った。
「ほおう。湯浴みを見張る役でもいいってことだな?」
「ばか言ってなさい。そんなことあるわけないでしょう」
 ウィムリーフはミスティンキルの右頬をつねった。
 奇妙な白い闇の中にあって、三人は足取り軽く歩いて行くのだった。

 夕方には霧は晴れた。一行は湯がこんこんと湧き出る泉を見つけ、そこを野営地とした。そして悲しいかな、ミスティンキルは己が欲望を果たすことができず、見張りの勤めをきっちり果たしたのだった。ウィムリーフが湯浴みしている最中に青い光が発現したようだが、その時の様子をミスティンキルが見ることは叶わなかった。

 それから夕食をとり寝るまでの間、彼女の身体は青く光り続けた。「気にしていない」と気丈にウィムリーフは振る舞うが、なぜ魔力が顕現しているのか、なぜ制御できないのかまったく分からないため、内心はかなり困惑していただろう。実際にミスティンキルは見たのだ。星空のもと宙のとある一点をじっと見つめ、ひとりで物思いに耽っているような彼女の姿を。

◆◆◆◆

 翌日の昼下がり。一行が歩を進めるにしたがい遺跡の数は減っていき、そろそろ居住域の終わりが近いことを知らせた。それまで道を形成していた石畳跡も姿を消していく。やがて彼らは何もない荒野を、ただひたすら歩くようになった。

 太陽が西に傾く頃、三人は大きな川に突き当たった。ぐるりと周囲を見渡すが、橋の形跡はまったく無い。川の流れはやや急で、川の深さも定かではない。けっきょく、ここを歩いて渡るのは危険だと判断した。ではどうするのか? 三人はしばらく思案に暮れたが、とりあえず川をさかのぼっていくことに決めた。
 その判断は正しかったようだ。川沿いをしばらく歩いて行くと、ちらほらと石畳の形跡を見受けるようになった。
「あたしの勘が正しければ、このまま上流に向かえば湖に行き着くはず。そしてそこに塔が立っていると思うの」
 湖畔に立つ塔。
 かつてのカストルウェン王子達の記録によると、その塔こそ魔導王国中枢の四つの塔のひとつ、ヌヴェン・ギゼ。ラミシス中枢域の北西域に立つとされ、他の三つの塔と同様に魔導の研究に使われていたほか、中枢域を守護する役割も担っていたとされる。
 いよいよオーヴ・ディンデが近くなってきた。そのことは一行の士気を高めた。

 しかし日はもう没しようとしている。はやる気持ちを抑え込んで三人は野営地を決め、テントを張った。
 そしてウィムリーフが発する青い光は早くも設営時に現れたのだ。
「またこんなこと。じゃあ明日には昼過ぎにあたしは青くなっちゃうというの? あたしはどうかなっちゃうの……?」
 膝を抱えてウィムリーフは座る。そして目を閉じ、顔を伏せると彼女はひとりふさぎ込んだ。
「……ウィム……」
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥