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赤のミスティンキル

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 ミスティンキルはそれ以上何も言えなくなってしまった。
 長い時間を経て、彼女は考えるのを止めたのかゆっくりと目を開く。そしてぼうっとした表情で立ち上がり日誌を取って帰ってくると、何か――今日の出来事だろうか?――を黙々と記し始めた。
 だが、なにかがいつもと違う。気軽にウィムリーフに話しかける、そんな雰囲気ではないのだ。かといって他者を拒絶しているというわけでもない。異質な感じ。時折ウィムリーフは記述を止め、ぼうっとした眼差しで天上の月を見上げる。月は真円を描いていた。
「ふふっ……」
 彼女は目を細めてほくそ笑む。その様子を見てミスティンキルは言いようのない畏れを感じたのだ。ふと、彼は同じような経験があったことを思い出した。二週間ほど前のこと。ウィムリーフが一人でデュンサアルを後にしようとしたあの夜。互いに滞空したまま、無言で対峙したあの時を。
(そういや、あの時は新月だったっけな……。月でおれは魔導の力を得た。あの時、ウィムはなにか違ったものを得たのか?)
 ミスティンキルは訝しんだ。と唐突に、ウィムリーフはついと歩き出し、テントの中へと入ってしまった。

 その後、三人は奇妙な雰囲気に包まれたまま各々食事を取り、夜を迎えた。
 そして夜半には、彼女を覆った光は収まった。

◆◆◆◆

 島に到着してとうとう一週間が過ぎた。
 三人は旅支度を整え、川をさかのぼっていく。昨夜の奇妙な違和感はどこへやら。一行を包む雰囲気はまったくいつもと変わらないものとなっている。
「川の名前は決めてあるのか?」とミスティンキル。昨夜のことはウィムリーフにはあえて訊いていない。
「この先にあるのがヌヴェン・ギゼの塔だというのが間違いなければね。決めてあるわ」
 ウィムリーフは今までどおり、得意げに言った。
「湖の名前と川の名前は一緒のもの。ヌヴィエンにするわ」
「今度は塔の名前からとったのか」
「そうよ。塔と関連性のある場所だから、同じ系列の名前にした方がいいと思ったのよ」

 そうこうしているうちに道は森へと入り込んでいく。ここまで来ると川幅もずいぶんと狭くなってきている。一行は石畳が導く先、薄暗い森の中へと足を踏み入れていった。
「森、か。シヴァウムの森林みたく、だだっ広かったらどうする?」
「“シュバウディン森林”ね」
 ウィムリーフは訂正した。
「……この森はあんなに広い大森林だとは思わないわ。ヌヴィエン川の流れ方から察すると、半刻もこの川をさかのぼっていけば開けた場所に出るはず」

 ウィムリーフの予想は違わなかった。
 ヌヴィエン川は大きな滝に行き着き、滝の側面の急な傾斜地を一行はよじ登っていく。そうして苦しみ抜いて登り切ったところに――
「……着いた」
 森の終わりがあった。一行はヌヴィエン川のはじまり、ヌヴィエン湖へ辿り着いたのだ。そして彼らの目は、湖の左手側の岸をなぞっていく。
 そこには乳白色をした石造りの塔がひとつあった。高さは半フィーレほどだろうか。“壁の塔”ギュルノーヴ・ギゼには遠く及ばないが、湖畔のどんな木々よりも高くそびえている。
「ヌヴェン・ギゼの塔よ。とうとうここまで来たわ!」
 ウィムリーフは目を輝かせた。
「塔に到着したらお昼休みにしましょう。そして塔を探索してみるの。冒険家としてね!」
 そう言ってウィムリーフはミスティンキルに目くばせをした。






作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥