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赤のミスティンキル

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「あたしも目が覚めちゃったんだ。……なんとも……いやな夢を見てね。目が覚めたら覚めたで見てのとおり、魔力が身体を包み込んで解けないし……。なんとなく外に出て月を見たくなった。こうして月を見てるとさ、ああ、あれからひと月が経ったのかあ、って思いにふけちゃって。――あたし達が月から帰ってきてからひと月なのよ。ほんとう、いろんなことがあったなあって……これからも――」
 言って、彼女は自分の身体を軽く両腕で抱きしめるような仕草を見せた。月光のもと、青い光に包まれた彼女は本当に美しい。そしてどこか悲しげなふうにも見える。
 ミスティンキルはテントに戻るよう言おうと思ったが、やめた。ウィムリーフの背中から両肩に手を置くと、共に月を眺めていることにした。青い光はミスティンキルをも包み込む。それはどこか異質な感じさえしたので、ミスティンキルは内心不安を覚えた。
「せっかくここまで辿り着いたっていうのになんでだろう。どうにも穏やかでいられないのよ」
「不安なのはおれも同じだ。おれもいやな夢を見ちまっていたからな。不安なのは、でっけえことをやろうとしてるからだろう。でもおれ達はあの月で、でっけえことをやってきた。だから今度も大丈夫だ」
 それから彼らは一言も語らず、ただ月を見ていた。月が雲に隠れるまでの間、ずっと。ここは二人だけの空間だった――誰にも、野生生物や魔物にも邪魔されない――。今のこの時間こそが彼らにとって貴重な時間だということを、知らず知らず感じ取っていたのかもしれない。

 月が隠れると彼らは無言のままテントに戻った。だがウィムリーフを覆う青い力はそのまま。彼女がどう願っても元に戻らないので、仕方なくウィムリーフは、お休み、と言うと寝てしまうことにした。一方のミスティンキルも毛布をかぶった。そしてすぐに眠りに落ちていった。夢は見なかった。

◆◆◆◆

 翌朝、毛布にしがみついているミスティンキルをウィムリーフはたたき起こした。そこにいたのはいつものウィムリーフであった。身体を覆っていた青い力も消え失せている。本当に、今までどおりの彼女。
「さあ、おはようミスト! 食事をとったら出発するわよ!」
 ウィムリーフは朗らかに言い放った。




(四)

 今日の朝食は昨晩の残り物だが、それでも彼らにとって新鮮な食材は大したごちそうだった。これからの冒険行では食事に関して期待など持てない。ここが全貌知れぬ魔境の島ゆえに。ほかのことを差し置いてもまず自分の命を守る事こそが一番大事なのだ。

 朝からウィムリーフは機嫌が良い。今も鼻歌を歌いながらにこにこと自分の荷支度をしている。
「さあて、一気に王城へ――オーヴ・ディンデへ進むわよ!」
 ウィムリーフは真っ先に旅支度を整えると高らかに宣言した。彼女は南西のロス・オム山を――王城の方角を指さす。
 それを合図にアザスタンは龍戦士から巨大な蒼龍へと変化《へんげ》し、ミスティンキルとウィムリーフはその背に乗る。準備万端。アザスタンは大地を蹴り、大きな翼をはためかせた。
 いよいよメリュウラ島での冒険のはじまりだ。

「……霧が出てきたな」
 ミスティンキルは、龍の背越しに眼下の草原を見下ろして言った。早朝も草原には朝靄が立ちこめていたが、今はもっと濃い霧へと変化している。
「この島は一年を通じて濃い霧に覆われているって文献にあったからね。……アザスタン、もっと上空まで昇っていって! 霧が視界を遮らない高さまで!」
【応】
 アザスタンは言葉を返すと頭を天空に向け、ぐんと急上昇を始めた。そびえ立つ“壁の塔”ギュルノーヴ・ギゼの頂上をも、あっという間に追い越してしまう。
 蒼龍の急上昇に対してウィムリーフは余裕の体《てい》だが、ミスティンキルは肝を冷やし、龍の背びれにがっしりとしがみつく。
(この野郎。こういう心臓に悪い動きは無しにしようって言ったじゃねえかよ!)
 彼が龍に悪態をつこうとしたとき、それを察知していたかのようにアザスタンは上昇をやめ、再び緩やかな滑空飛行に移った。ミスティンキルは大きく息をついた。

 前方にはうっそうと茂る森林地帯が広がっている。この森林もまた濃霧に包まれており、なんとも言えぬ神秘的な静謐《せいひつ》さを醸し出している。地面を歩く人間にとっては迷いの森以外の何物でも無いが、こうして上空を飛んでしまえば何のことはない。三者は遙か前方に見えるロス・オム山を目印に一直線に飛ぶ。龍の飛行は安定しており、行く手を阻む雨雲などもない。昼下がりには森を脱けることができるだろう。それでも半日も費やすというのだから、森林地帯の広大さが推して知れよう。
「でっけえ森だなあ!」
 ミスティンキルが感嘆する。
「確かにね。魔導王国が在った日にはちゃんと径がつくられていたんでしょうけど、もう大昔の事ね! もうすっかり自然に還ってる。……知ってるかしら。“世界樹”があるウォリビアの大森林は、この森よりずっと広いのよ。あたしもそこに行ったことないけどね」
 ウィムリーフは感慨深そうに言った。
「エシアルルと、その王が住む森、か」
「世界樹には絶対に行ってみたいわ! ファルダイン様にもきちんと謁見するの」
 ウィムリーフは目を輝かせて言った。

 今より二百年ほど前、カストルウェン王子とレオウドゥール王子はこの島の探索を終えたあと、世界樹に赴いてエシアルル王ファルダインに謁見し、島の様子をつぶさに語った。二者の体験談から不安を感じたファルダインは朱色《あけいろ》の龍、ヒュールリットに騎乗してオーヴ・ディンデへ向かおうとした。しかしオーヴ・ディンデ城は結界に阻まれており、力ある二者をもってしてもどうすることもできなかった。魔導王国が滅びたのちも、形容し難い謎と脅威が存在し続けている――心せよ。それは先だって、ヒュールリットがミスティンキル達に明かしたとおりである。
 ヒュールリットはミスティンキル達を希望だと考えている。そして彼は願っている。ミスティンキル達の冒険をもってして、数百年に及ぶ自らとラミシスとの因縁に終止符を打ってほしい、と。

「……そう。オーヴ・ディンデの謎を解き明かしたら――ファルダイン様とヒュールリットにきちんと報告しなきゃ。挫けてなんていられないわ」
 ウィムリーフは前方を真っ直ぐに、きっと見据えた。彼女の真摯な眼差しからは、成し遂げようとする強い意志を感じる。
「……いい調子ね。湿原を抜けるあたりまで今日は進もうかしら。あ、あとこの森の名前どうしよう?」
 彼女は手帳を手にしてしばらく楽しげに思案に暮れたあと、
「“シュバウディン森林”。古《いにしえ》のハフト語で“黒と白”って意味。この黒い森と白い霧の対比をそのまま表してみたの。ね、どう思う?」
「いい響きだな。いいさ、ここは今からシュバ……」
「シュバウディン森林」
「そう、それにしよう。ああ。それでいい」
 ミスティンキルは純朴に笑ってみせた。

 だが、そんな二人の高揚した気分は突然水を差されることになるのだ。
 順調にシュバウディン森林の上を飛び続け、霧の向こうにそろそろ森の終わりが見えてきた頃――

◆◆◆◆

【……呪いだ】
 不意にアザスタンが唸った。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥