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赤のミスティンキル

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 ドゥローム《龍人》とアイバーフィン《翼の民》による天空の戦いだ。

 思い切って先手を打ったのはウィムリーフ。翼を広げた彼女は蝶のごとく空を華麗に舞いながら、襲い来る竜《ゾアヴァンゲル》達が放つ炎をいともたやすく避けてみせる。
 そしてすかさず反撃。
 “風の司”ウィムリーフは周囲の空気を集め、自分の望むままに変貌させた。手まりのような空気の固まりをひとつ形成させると、今まさに攻撃をしようかという竜めがけて投げつけた。目標の竜は歯牙にもかけないそぶりだったが、頭部にそれがふれた瞬間、空気の固まりは忽然と本性を現した。
 ばちん! と大きな音を立てて、それまで圧縮していた空気が爆ぜる。刃のごとく強靱で鋭利な風が幾筋も勢いよく放出され、それらは気を裂く音をひょうひょうと唸らせながら竜を強襲した。
 突拍子もないこの攻撃から離れようと竜はあわてて動くものの、猛威をふるう風の刃は狙いを定めた竜の動きに追随し、容赦なく竜の翼をずたずたに切り裂いていく。やがて竜の片翼がちぎれ飛び、竜は大きく姿勢を崩した。
 竜は大いに激高して野太い唸り声を上げ、やぶれかぶれに炎を放とうとするが、それとてウィムリーフは予期していた。彼女は竜を囲むようにして旋風を幾柱にも渡って巻き起こしたのだ。竜の放った火の玉はことごとく跳ね返され、あろうことか竜自身に襲いかかるのだった。自分の放った炎に身を焼かれ、風の刃に両の翼をもがれ、ついに竜は悲鳴を上げながら海へと墜ちていった。
 こうしてウィムリーフは“竜殺し”の称号を手に入れた。

「さあ、どうしたの! おまえ達の相手はあたしよ!」
 ウィムリーフは腕を組み、大胆不敵に言い放った。
 同時に彼女は猛烈な疾風を巻き起こし、残りの竜達めがけて見舞ってやった。ごうごうとうなりを上げる、荒ぶる風によって竜達は身動きがとれず、ただおのが身を守るのが精一杯だった。そうしてウィムリーフは竜達の間合いを少し開けた。
 ウィムリーフは小さく息をついた。そしてミスティンキルに目配せするのだった。

◆◆◆◆

「あたしはやったよ!」
 ミスティンキルから見たウィムリーフの表情は明らかにそう語っていた。本当は全身で喜びと興奮をはち切れんばかりに表現したいのだろうが、まだ戦いは半ば。優勢とはいっても気を引き締めなければならない。歴戦の強者が命を賭して戦ってきた竜と対峙しているのだから。竜も竜で、大勢がやられたというのに退こうとしない。最強の獣としての意地がそうさせているのだろうか。

 ウィムリーフの見事な戦いぶりをみていたミスティンキルも決意し、動いた。今度は自分の番だ。心臓がばくばくと音を立てているのが分かる。
 まずは竜の注意をウィムリーフからそらさなければ。いかな彼女とて三匹の竜相手に戦うのは無理だ。現に、今し方の攻撃で彼女はずいぶんと消耗している。それはミスティンキルの位置からもうかがえる。
 そのせいだろうか、先ほど追い払っていたはずの濃霧が、また立ちこめはじめているのだ。このままではほどなくして一帯は魔法によると思われる霧に覆われるだろう。急がなければ。

(しかし……どうするかね)
 竜の目標をミスティンキルのほうに向けるにしても、彼はウィムリーフのように華麗に空を跳躍するすべを知らない。やはり力業――おのが身につけた魔導を竜達に叩き込むことが一番だろう。内に秘める強大な彼の魔力は、竜すら打ち倒せる力がある。それは彼自身感じていることだ。まったき“赤”をもってあらわされる自らの色。
 では、赤とはなにか?
(――あの時、おれはこう答えた)
 ミスティンキルは思い出した。龍王イリリエンと対峙したあの時、かの龍王が問うたことを。
(それは――燃えさかる炎だ!)
 そう結論づけると同時に、彼の身体は赤い光に覆われた。当然、竜の視線はウィムリーフから逸れ、こちらのほうに集まった。竜達はその身を翻し、威嚇の声を上げながらミスティンキルに向かってきた。

「炎よ!」
 言うと、ミスティンキルが真上へ振りかざした右の手のひらには、勢いよく燃えさかる炎の玉がひとつ出現した。あまりの熱さに彼は顔をしかめるが、間髪入れず、それを竜にめがけて投げつけた。
 竜達も、今度はそれに当たるまいと避ける――が、火の玉は意志を持つかのように竜を追撃し、そして当たった。
「さあ燃やせ!!」
 ミスティンキルが念じると火の玉は主《あるじ》の命令に呼応するように猛威をふるいだした。すぐさま竜の躯全体に火勢は広がっていく。“鋼より強固”とうたわれる竜の鱗が溶けはじめる。炎はそれをも巻き込んであちらこちらで爆発を起こす。何という火力だろうか。もはや竜にはなすすべがない。轟々と燃えさかる火焔のなか、声をかぎりに哭き叫びながら竜の躯はぼろぼろと崩れ落ちていった。

 残った二匹の竜はしかし、怖じけることなくミスティンキルに熾烈な攻撃を仕掛けてきた。ミスティンキルは紙一重で攻撃をかわしながら逃げる。やがて一匹は上方から、もう一匹は下方からミスティンキルに迫る。獲物を目前にして、二匹の竜はそれぞれ火の玉を打ちはなつが、それらはミスティンキルが本能的に展開した炎の盾によってあっけなく消し去られた。ミスティンキルのほうが一枚も二枚も上手だった。
 そして竜達は知らず知らず、ミスティンキルの意図する配置にはまった。
「これで終わり――だ!!」
 ミスティンキルは両腕をかざす。と、彼の前方を守っていた炎の盾が形を変える。先ほどよりもさらに大きな火の玉が二つ、竜の前で具現化した。急に出現したそれを見て竜は攻撃を躊躇し、その場に押しとどまった。
(なんとなく分かってきたぜ! 火よりも“こっち”のほうが強いだろう!)
 要領を得たミスティンキルは火の玉に命じる。と、それまで火の玉だったものは炎を象るのをやめた。転じて、真紅にきらめく珠となったのだ。これはミスティンキルの内包する魔力そのものである。
 混じり気のない純粋な“原初の色”。それを顕現させたものこそがもっとも強大な力を持ち得る。ミスティンキルは頭で理解せずとも本能をもって悟ったのだ。己が制御できる一番大きな“力”とはなんであるかを。
 その産物がこの赤い珠なのだ。

【ここまで使うというのか、人間が……】
 ミスティンキル達には見えないところで、蒼龍アザスタンはその目を細めるのだった。

 ミスティンキルの一念により、赤い珠は竜めがけて矢のように素早く発射された。竜達が身を守るよりも早くそれらは竜の胸部に到達し――いともたやすく竜の躯を貫通した!
 この恐るべき一撃で竜達は瞬時に絶命し、眼下の海へと墜ちていった。
 戦いは終わった。
 霧が濃くなり、ミスティンキル達の視界はついに閉ざされた。

◆◆◆◆

「やったわね! ミスト!」
 真っ白な濃霧の向こうから、ウィムリーフの賞賛の声だけが聞こえる。
 ミスティンキルは、ほうと一息ついた。魔導を行使してから今まで、息をするのを忘れていたのだ。気づくと、身体を覆っていた赤い光も消え失せていた。
「“竜殺し”――ってか。おれ達もたいした英雄になったな! ウィムよう。この霧を打ち払って、今度こそ島に上陸するぜ!」
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥