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赤のミスティンキル

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 それだけ彼は呟くと、アザスタンの背びれにしがみついた。
「ふうん……飛ぶのが怖い? “炎の司”」
 わざと意地悪な表情をしてウィムリーフは言った。ミスティンキルにとっては図星だったようだ。舌打ちをしてウィムリーフの視線から目を背ける。
「悪いかよ、“風の司”」
「悪くはないけどね。飛ぶのには慣れておいたほうがいいわよ。せっかくもらった翼なんだし」
「……いいから。構ってねえで行ってこいよ」
 ぶっきらぼうにミスティンキルは言葉を返した。
「つれないわねえ。……じゃあ荷物が落ちないように見ていてね。お願い」
 ほほえみ、ミスティンキルに言い残すと、ウィムリーフは見えない翼を広げ、ふわりと空へ舞い上がった。アザスタンに軽く手を振って挨拶する。それからまっすぐ、前方のヒュールリットまで飛び、彼の頭と並ぶようにして滑空する。
「お待たせ、ヒュールリット」
 彼女の挨拶に、ヒュールリットは前方を見たまま、小さくうなずいた。
「ねえ、ヒュールリット、あなたにふたつほど訊きたい事があるんですけど」
 ウィムリーフの問いにヒュールリットは琥珀の瞳を向けた。問いかけに応じてくれるようだと分かったウィムリーフは言葉を続けた。
「じゃあ、まずひとつめ。ラミシスに行ったという人間を知っていますか? カストルウェンとレオウドゥールという、のちに二国の国王となった二人のバイラルを。……二百年ほど昔。彼らは龍に乗ってラミシスの地に降り立ち、オーヴ・ディンデの王城を囲む四つの塔に入り込み、それらに巣くっていた竜《ゾアヴァンゲル》達を退治して財宝を持ち帰った……と、本や歌にはありますが」
【お前は彼らのようになりたいのか? 財宝目当ての人間か? 先ほどの言葉は嘘か?】
 ヒュールリットの言葉はウィムリーフの頭に直接響いてくる。“炎の界《デ・イグ》”でアザスタンが使ったように、龍《ドゥール・サウベレーン》は人の意識下に直接言葉を送ることができるのだ。
「それは違います! ヒュールリット! 私たちは純粋に、秘境をこの目で見てみたいのです!」
 ウィムリーフは慌てて強く否定した。
 ヒュールリットは鼻から煙を出した。どうやら笑ったようだ。
【ならば答えよう、“風の司”。――その二者が龍に乗っていた事。愚図なゾアヴァンゲルどもから宝を得た事。それらが事実かは知らぬ】
「うそ?!」
 ウィムリーフは驚いたが、すぐにこれが失言であると察し、手で自分の口をふさいだ。
「……てっきり、あなたがカストルウェン達を導いたのかと思いました。魔導師シング・ディールの時のように」

 朱色《あけいろ》の龍は語りはじめた。
【当時――そう、私は深く眠っておった。ゆえに彼ら二者と直接会ったことはない……だが私と二者は関わり合いがある。私が眠りから覚めたのは、まさに二者によること。ラミシスの島に起因することだった。カストルウェンらはラミシスから帰還した後、あの島での体験談をファルダインに語ったのだ】
「世界樹に住む、エシアルルの王にしてディトゥア神族のファルダイン、ですね」
【うむ】
 ヒュールリットは言葉を続ける。
【件《くだん》の二者は、たしかにラミシスの地を踏破していた。だが、あの忌まわしいオーヴ・ディンデまでは行かなかった。いや、辿り着けなかった。結界によってな。
【結界――そう、問題はここからだ。『王城の周囲に結界が張られていて、城を見ることさえできなかった』とカストルウェンらはファルダインに語った。だが魔導王国ラミシスはお前も知るとおり、我が友ディールの時代に確かに討ち滅ぼし、以来まったく沈黙していたはず。なのになぜ結界が――魔法の産物が――存在しているのか。
【のちになってエシアルル王は不安を覚え、我らが龍王イリリエン様に申し立てた。『私を龍と共に結界の場所まで行かせてほしい』とな。その龍は、すぐに決められた。……かつてのラミシスを知り得る龍。すなわちこの私だ。……こうして私は龍王様の命により目覚めた。
【私とエシアルル王は世界樹からまっすぐラミシスへと向かった。魔導王国滅亡から七百年の時を経て、ラミシスの地はもとあった自然の姿へとほとんど還っていた。だが王国中枢部にそびえる建造物は堅牢で、当時と依然変わる様子もなく暗澹《あんたん》たる姿を留めていた。そして王城であるオーヴ・ディンデへと向かおうとした矢先――弾かれたのだ】
「結界……ですか」
【しかり。しかもそれは、かつて我らの軍勢によるラミシス突入を阻むために、邪《よこしま》な魔導師どもが作った障壁とは比べものにならないほど強力なものだった。私をもってすら打ち破ることはできなかった。おそらくファルダインが全力を投じたのならば、どうにかなったかもしれない……されど神族が、得体の知れないものに対して超常の力を行使することは禁じられている。世界の秩序を乱すどころか崩壊を招く恐れすらあるからな(かつてそれは起こったのだしな)。
【我らは結界を破れぬまま、ラミシスを後にした。これこそ敗走に他ならぬ――私はあの時の屈辱を忘れはしない。だが、こうも願った。(いつの日か、いと強きものにより結界が破られる日が来るように)と。ラミシスに遺された唯一の謎。魔導師どもが身を削って編み出した結界の向こうには何があるのか。いつか解かれなければならないのだ。――人間によって】
 ヒュールリットは琥珀の瞳をウィムリーフに向けた。
【以来二百年、私はこの空に留まり続けた。警告を発し、人間の渡航を阻むために。そう……阻み続けたのだ。だが今まさに、私の願いは成就されようとしているのだろう――お前達、力を持つ二者によってな】
 ウィムリーフは龍の目を見つめた。もうヒュールリットの言葉に囚われることはない。彼は自分達を認めてくれたのだから。一瞬、龍が笑ったようにウィムリーフには見えた。
【ウィムリーフよ。力を持つ人の子よ。私とラミシスの、数百年に及ぶ因縁に終止符を打ってほしい。これは私自身の願いだ。そして、おのが持つ力を正しき方向に使うように、とも】
 ウィムリーフは片手を胸に当てて深く頭を垂れた。
「間違いなく、ご期待に添えるようがんばります」
【して、もう一つの問いとはなんだ】
「ああ! もう分かってしまいました。『どうしてラミシスを守るようになったのか』……これが二つ目の質問でしたから」
 ウィムリーフは笑みを浮かべた。

◆◆◆◆

「……聞いてたぜ」
 ウィムリーフが戻るやいなや、ミスティンキルが言った。
「え……なんで? よく聞こえてたわね」
「ヒュールリットの言葉がな、おれの頭の中にもろに伝わってくるんだ」
 ミスティンキルは指で自分の頭を突いた。
「なら、だいたいのことは分かったってわけね」
 ミスティンキルは頷いた。
「龍のくせにおしゃべりだな、あいつは」
「……きっと、誰かに話を聞いて欲しかったのよ。龍が孤独を好むといっても、そういう気分だってあるんじゃないかしら?」
「龍に乗って旅立ったおれ達は、行く手を阻んだ龍を説き伏せて、さらに龍の願いを聞いた……か。これだけでも吟遊詩人の詠う勲《いさおし》になっちまうな!」
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥