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赤のミスティンキル

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 ミスティンキルの元に戻る最中、ウィムリーフはぽつりと漏らすのだった。納得しかねている様子がありありと伝わってくるが、彼女はそれ以上負の感情を露わにすることはなかった。
 ウィムリーフは包帯をちぎって薬を塗り込む。そしてミスティンキルの身体を撫で、特に筋がこわばっているところに包帯を当てていった。
 それがひとしきり終わると彼女は元いた場所に戻り、再び写生をはじめるのだった。ミスティンキルが感謝の言葉をかけたが、彼女からの返事はなかった。

 やがて太陽が雲海の上まで顔を出すようになり、暖かな光を放ち出す。節々を痛めているミスティンキルにとっても心地よい光だ。ウィムリーフは感嘆の声を上げた。今までとはまた違った情景へと変わったのだろう。
「あのう……あたしのこと、気を悪くしてたらごめんね?」
 ウィムリーフはおずおずとミスティンキルに声をかけてきた。先ほどのことをずっと気にやんでいたのかもしれない。魔法が使えなかったことではなく、それに対する彼女自身の態度について。
「おれは気にしてねえよ」
 うつぶせになったままのミスティンキルは目を閉じたまま答えた。
「うん。ありがとう」とウィムリーフ。
「……空ってやっぱりいいわね。気分が癒される。ミストも見てみたら? 雲に光が当たって、輝いて見えるわよ」
「ああ。けれども……眠くなってきた」
「それじゃあ眠ってしまいなさいな。心配しないで、突風が来てもあたしの力でそらせてみせる。次に起きる頃には調子も良くなってるに違いないわ」
 ウィムリーフはそう言うとミスティンキルのところにやって来て、彼の頬に口づけをした。そんなウィムリーフを愛おしいと思う。ミスティンキルは上半身をむくりと起こし、やや強引にウィムリーフの唇を奪った。ややあって。赤い瞳の彼は唇を離し、にやりと笑って彼女の青い瞳を見る。不意打ちを受けた彼女は、かあっと顔を赤らめた。
「……お休み、ウィム」
「あ、うん。お、お休み……」
 それだけ言葉を交わすと、ウィムリーフはまた元いた位置へと戻っていった。
 髪を撫でる心地のいい風と、さんさんと降り注ぐ暖かな春の陽光は、ミスティンキルを眠りの縁へと誘っていくのだった。

◆◆◆◆

 次にミスティンキルが目覚めたとき、風はぱたりとやんでいた。ウィムリーフが手当したかいがあって、筋肉の痛みはすっかり引いている。あれだけ緊張して張りつめていた心身は、今や全く普段どおりになっている。ミスティンキルはぐっと四肢を大きく伸ばしたあと、ふと、様子がまるで変わっているのに気付いた。ミスティンキルは龍の背からがばりと起きあがって周囲を見渡した。
 自分達を中心として、丸天井を象った大きな空間がぽっかりあいており、その周囲を乳白色の厚い雲が覆っているのが分かる。そこから外側の様子は見えない。寝ぼけまなこをこすりよく見てみると、これは雲に見えるようでいて実は雲ではない。
 龍の背びれの向こう側ではウィムリーフが仰向けになって気持ちよさそうにすうすうと眠っていた。
「で、ここはなんなんだ?」
 身体を動かして筋を伸ばしたあと、ミスティンキルは呟いた。この奇妙な空間はどこかで目にしたことがあるような気もした。
【わしが作った巣だ。お前達二人とも眠ってしまったから、今晩はここで過ごすことにするぞ】
 ぐぐっと、アザスタンが長い首を向けてミスティンキルに語りかけた。
「龍《ドゥール・サウベレーン》の巣か?!」
 “炎の界《デ・イグ》”では、赤水晶《クィル・バラン》のように煌めく球体が浮かんでいたのを思い出した。
「……にしては赤くねえんだな」
【赤さは“炎の界《デ・イグ》”の中にあってこそのもの。ここアリューザ・ガルドでは、見てのとおりの色合いとなるのだ】
「降りられるのか?」
【むろん。お前達にとってはそのほうが居心地が良かろう】

 言われて、ミスティンキルは龍の背から降りてみることにした。二人分の荷物を抱え込み、アザスタンの大きな脚を伝って地面に降り立った。この床面はまるで羊毛の絨毯のようにふかふかして暖かい。
 彼は荷物をどかりと下ろすと、ウィムリーフのもとへ向かった。だが彼女は深く眠っているようで、いくらミスティンキルが揺り動かし呼びかけてもぴくりとも応えなかった。仕方なくミスティンキルは彼女を抱き上げて龍から降り、やや歩くと、綿毛のような床に横たえた。このあたりは寝床にするにはもってこいのようだ。
「アザスタン。今どのあたりなのか、あんた分かるか?」
 ミスティンキルはアザスタンの側に寄ると、彼に訊いた。
【デュンサアルから真南、ちょうど海に出たばかりのところだ。この先どうしようかとウィムリーフに訊こうとしたのだが、寝てしまっていた。まあ夜も近かったことだし、この空に巣を張ることにしたのだ。あとどうするのかはウィムリーフが起きたときに訊け】
「ああ、そうさせてもらう。……今日一日、ありがとうな」
 ふんと、アザスタンは鼻を鳴らせて答えた。

 ミスティンキルはウィムリーフのところまで行き、床に腰を落ち着けた。ぬくぬくとした心地よさが伝わってくる。再びまぶたが重くなってくるのを感じたミスティンキルは、もう一度眠ってしまうことに決めた。結局食事をとっていないのだが不思議と空腹感はないし、これ以上起きていてもなにもやることはない。
 彼はウィムリーフにぴったりとくっつくと彼女の頭を自分の左腕に乗せ――ゆっくりと目を閉じるのだった。




(三)

 深く心地よい眠りの底からミスティンキルはゆっくりと浮上していった。“目覚めた”と彼の意識が認識すると同時に、彼は左腕に異物感を覚えた。だがそれは優しく暖かい感じがする。彼の横に寄り添うもの、それは――。
 ああ、そうか。ミスティンキルは首を左に向けてゆっくりとまぶたを開けていった。
 ミスティンキルの左腕を枕にして、すうすうと寝息を立てているウィムリーフ。成人したてで彼よりほんのわずか年上とはいえ、間近に見る彼女の寝顔はとても可愛らしい。
 ミスティンキルは神妙な顔をした。自ら進んで腕枕をするなどいかにもきざで、まったく自分らしくもない。旅の準備の一週間、ほんの一週間ウィムリーフに会わなかったからといって、こんなにも彼女のぬくもりが恋しくなるものなのだろうか。
 ミスティンキルは首を元に戻し、龍の巣の乳白色をした天井を見つめる。小さく息を吐いた。
(口づけたり、こんなことしたり……おれはウィムが欲しいってのか?)
 彼の心は否定しなかった。だが二人で愛を交わすにしても、この冒険行が終わってからだ。彼は律した。これからしばらくは常に身の回りに注意を払うことを怠ってはならない、と。自分達がこれから向かう遺跡は魅力的ではあるが、長いこと人を遠ざけてきた孤島なのだから。
 それでもミスティンキルは恋人のぬくもりを少しでも長く感じていたいと思い、彼女を起こさずにいようと決めた。

 やがてウィムリーフが小さく唸り、目を開けた。
「ミスト? あ……おはよう……」
 彼女はミスティンキルの顔を見た。やや頬を赤らめる。ミスティンキルの腕を枕にして寝ているという状態は、彼女にしても照れくさいのだろう。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥