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赤のミスティンキル

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――「私はデルネアと違い、戻ることが叶わなかった。……いや、狂人と成り果てた私は、もとの世界へ戻ることを拒んだのだ。“澱み”の空間にある超常的な“力”に魅入られ、それら全てを我が手にしたいという欲望に駆られてしまったために……。デルネアと刃を交えた後の記憶は定かではないが、しばらくして私はようやく自身を取り戻した。が、もはや時はすでに遅かった。……私は自分自身に呪詛を吐いた。取り返しのつかないことをしてしまったのだから」
――「かつての自分を完全に取り戻すために、そしてアリューザ・ガルドへ帰還するために、私は“澱み”の空間から何とか抜け出し、何年もの間に渡って諸次元をさまよい歩いた。……ある世界では人々は私を神のごとく畏れ敬い、またあるところでは異端者として蔑み嫌われ、独房に繋がれたこともあった。なぜか私は老いることがなくなっていた。まるで千年を生きるエシアルル達のように、三十半ばの姿のままであり続けたのだ。」
――「アリューザ・ガルドへ帰還してみれば、すでに五年の月日が流れていた。レオズスは倒されたもののアズニール王朝は崩壊し、諸勢力が勃興していた。アリューザ・ガルド全土に戦乱の嵐が吹き荒れていたのだ。私は、デルネア達三人に会おうと願ったが、混乱に包まれた世界の情勢によって拒まれた。乱世にあっては、たとえ山一つ越えることですら命を賭する必要があったのだ。結局彼らには会えずじまいだった。そして、私には私なりに魔導師の長たる者として、やらなければならないことがあった。つまり、魔導のすべをいずこかへ封印することだ」

 ユクツェルノイレはさらに、自分たち魔導師が直面した受難の数々を語り続けた。だが、ついに月の世界に赴き、魔導を封印する儀式を執り行うことが出来たのだ。月に行った魔導師達の人数は十名たらず。そして封印に際しては彼らの魂そのものを奉じるしかなかったのだ。彼らの命と引き替えに、あの空間が形成され、また封印核が出来上がったのだった。そしてもっとも魔力を有していたユクツェルノイレが、封印核の中心に入り、封印を守り続けてきたのだ。
 その封印が時を経た今、ミスティンキル達によって解放されようとしている。
 魔導の復活。それは、アリューザ・ガルドにおいて新しい時代を招来するものなのだろうか?

◆◆◆◆

――「さて……魔導の封印を解く前に、再び見てほしい。世界の姿を」
 ユクツェルノイレの声は、アリューザ・ガルドの姿を見るように、とミスティンキルとウィムリーフに促した。
 それは真珠の塔の頂から見ることのできる、アリューザ・ガルドの全貌であった。頂上が平らとなった逆さつららのようにも見えるあの世界は、相も変わらず色あせた様を見せている。
――「魔力を開放すれば、アリューザ・ガルドの色は元に戻る。だが、開放した魔力を制御するべき者が必要だ。私はその任を……君達二人に託したい」

 魔導師の声は朗々と響いた。

「……おれたちが?! その、つまり……魔法使いになれっていうのか?!」
 ユクツェルノイレの言葉にミスティンキルは困惑した。
 “炎の司”の試練と、さらに龍化の資格を得る事に対しては、彼なりに覚悟は決めてアリューザ・ガルドから転移した。龍王イリリエンによって魔導が今回の件の発端だと聞かされたときは、心のどこかでまだ見ぬ魔導に対する憧憬の念、自分の力にしたいというかすかな欲望はあった。だが、事ここにおいて、まさか本当に自分が魔法使いになろうとは、思いもよらなかったのだ。封じられた魔力を開放して世界に色がよみがえりさえすれば、そこで自分達の使命は終わるものとばかり思っていた。使命を下した龍王イリリエンは知っていたのだろうか? 赤い魔力をうちに秘めた自分が魔導の継承者になるということを。

「じゃあ、ユクツェルノイレさん。もしあたしたちが継承を拒んだら、どうなさるつもりなのですか?」
 ウィムリーフが問いかけた。

 ややあって声が響く。
――「私の個人的な思いとしては、魔導の継承は君達にこそ委ねたいのだ。現世《うつしよ》において、君達ほどの魔力を備えた者など居ない。……ウェインディルはアリューザ・ガルドに戻っているようだが、もはやかつての力を失って老いており、また彼の弟子もまだ本来の資質を発揮するには至っていない。……だが、もし君達が魔導の継承を拒んでもそれはそれで構わない。ウェインディルと彼の弟子にその任を委ねたいと思う。魔力に乏しい彼らにとってやや重責やもしれないが」
――「しかし、少なくとも魔導の解放と色の復活については君達の力が必要だ。元々君らはそれを果たすために、ここ月の界へ来たのだろうから」

 しばし間をおいてミスティンキルは言った。
「けれども、だ。……面白そうでもあるな。魔導、か!」
 彼の赤目がきらりと光る。“力”をどん欲に求める生来の気質が再びちろりと炎をあげたのだ。
「“炎の司”であること以外に取り立てて特技のない、一介の漁師のおれが大魔法使いになれるってのか? しかも、そこらでやっている、見せ物のようなちんけな“まじない”じゃない。本物の魔法を使いこなせるっていうのか? 一体どうすればいい? 俺は文字がろくに読めないし、もちろん魔法の呪文のうちのひとつだって知らない」

――「アリューザ・ガルドでウェインディルを見いだせ。彼らの住まいはあえて私からは言わない。……魔導に関しては彼だけが大いなる導き手となるだろう。だが心せよ! 彼と会うまでは決して……決して自身の多大な力に酔いしれるでない。膨大な力は諸刃の剣であるというのが世の常なのだからな」
 それは、エツェントゥー老から、そして龍王イリリエンから何度と無く聞いた、多大な力に対しての心構え。ミスティンキルとウィムリーフは共にうなずき、聞き入れた。

 そしていよいよ大魔導師は宣告した。
――「もういいだろう。私はもはや語るべきことを全て語った。……魔導を解放することにしよう。君達の有する魔力を全て解き放ち、この“封印核”を打ち砕くのだ!」




(五)

 ――全魔力をもってして“封印核”を打ち砕け――

 そのユクツェルノイレの言葉を聞いて、すぐにウィムリーフが言葉を返した。
「わかりました。でも、それでいいんでしょうか? 他に方法は……ないんですか?」
 ウィムリーフが躊躇している理由。それはミスティンキルにも分かった。ユクツェルノイレの意識は“封印核”と同一化している。という事は、この目の前にある立方体を粉々にしてしまえば、大魔導師の肉体はおそらく失われてしまうだろう。そうなった時、彼の意識は――魂はどうなってしまうのか。それは一つしか考えられない。ミスティンキルは、“封印核”全体を見やるようにして訊いた。
「そうだ。ウィムの言うとおりだ。ぶっ壊しちまう? ……そんなことをしたらあんたの体はどうなる? 今、おれたちとしゃべっているのがあんたの意識だとしたら、それはどこに行ってしまうんだ?」

――「あれにある私の肉体は失われるだろう。そして、私の意識の向かう先はただひとつ」
 ユクツェルノイレは答えた。
――「死者の世界、“幽想の界《サダノス》”」
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥