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赤のミスティンキル

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 ある時、制御を失った膨大な魔力が氾濫し、アリューザ・ガルドが危機に瀕したことから、もっとも強大な魔法――魔導は封印されたのだ。それ以来、力のある魔法使いは姿を消し、現在に至っている。
〔魔力だって? そんなものは、魔法使いの持ち物でしょう?〕
 ミスティンキルの問いに対し、白髭の長は静かに首を横に振った。
〔そうではない。魔法について全く不勉強ではあるものの、炎の“司の長”であるわしには分かるのじゃよ。魔力は確実に、わしらに宿っておる、とな。だが、先ほどの赤い色……鮮明なかたちを成すほどの魔力――。あれほどの力を発動できる人間は、我らドゥロームのみならず、今のアリューザ・ガルドを探してもいはしないだろう。おぬしはそれほど強大な魔力を持っているのだ〕
 それを聞いてミスティンキルは鼻で笑った。
〔おぬし、いま心の中で否定をしたな? まさか、自分はそんな大それた力を持っているわけでない、とな。否定してはならぬ。己が大きな力を持ち得ていることを確信するのだ。だが決して増長してもならぬ。過信こそが、おぬしを陥れるであろうから……それこそ呪いのごとく、な〕
〔長の言っていることが、さっぱり分かりません。おれは頭の出来がよくないから……〕
 エツェントゥーは、自分の孫を見るように目を細めて言った。
〔いまは分からずともいい。いずれお前にも分かるときがやってくるじゃろう。ただひとつ、わしと約束をしてくれ。今後どのようなことが起きようとも自分の力を否定せず、かつ増長しないことをな〕
 

 こうしてミスティンキルはエツェントゥーと約束を交わした。そしてあらためて長老は、“炎の界《デ・イグ》”への“門”の所在や彼の地で用心すべき事をミスティンキルに教えるのであった。

◆◆◆◆

 西側の窓掛けごしに差し込んでいた西日がやや眩くなり、虚ろな橙色へと部屋を染めぬく。太陽がほのかな暖かさを伴って窓に顔を覗かせ、夕刻になったことを“司の長”達に知らせた。
〔エツェントゥー老。陽が落ちかけておりますし、そろそろ会議を再開しませぬか?〕
 手前右に腰掛けていた痩せぎすの長が言った。
〔そうじゃな。ならばミスティンキル、下がってくれぬか。あとはお前の望むときに“炎の界《デ・イグ》”の門をくぐるがいい。門はいつでも開かれておるゆえに〕
 ミスティンキルは半歩後ずさりはしたものの、部屋から出ることを躊躇した。
〔あのう。最後に一つだけ、教えてもらえませんか? どうしても訊きたいことが、いや、訊かずにはおれないことがあるんです〕
〔なにか? わしに分かることであれば答えよう〕
 ミスティンキルはもうひとつ聞きたかったことを――色の変化について――語りはじめた。自分や旅商達がエマク丘陵に至り、そしてデュンサアルに到着するまでに経験したことを、覚えているかぎり洗いざらい述べた。
〔……おれは、あなたたち“司の長”であれば知ってるんじゃないかと思ってました。なんでこんなふうに、色褪せちまったんでしょうか? あの葬列の男が言ったとおり、呪いのせいなんですか? もしそうだとしたら、色を取り戻す方法など、知ってますか?〕

 ミスティンキルが言葉を切ったと同時に、ばん、と大きな音を立てて机を叩いた者がいた。左奥に座る長ラデュヘンであった。彼は憤慨した様子ですくと立ち上がるとミスティンキルに向き直った。
〔痴れ者か?! 我らが何のために会議を延々おこなっているというのか、場の空気を察することすら出来ないほどに! 出ていけ!〕
 ミスティンキルにとっては予想も出来ず、また謂われのない中傷であった。彼は言葉を失うが、やがて沸々と胸の奥から怒りが湧きだし、長老の制止も耳に入らず、ラデュヘンに言葉を叩き付けた。
「あんたたちが色について会議していたことくらい、俺にだって分かる! 分かんねえのは、なぜ出てけなどと言うのかってことだ!」
〔双方とも、やめい! わしが先ほど言った言葉をもう忘れたというのか〕
 長老の声と共に、喧嘩をしていた両名の足元から一瞬、小さな火柱が上った。驚いた両名はあわてて後ずさった。
〔今度このようなことがあれば、容赦なくおぬしらの舌を炎で包むぞ〕
 エツェントゥーは厳しい表情で両者を睨みつけると再び座した。長老の横でマイゼークはいやらしく薄笑いを浮かべている。彼なりに思うところがあるのに違いない。
 両隣の長を目で制止しながら、長老は語った。
〔残念ながら、いまだ対応策は出ていないのじゃ。バイラル達はどうなのだろうか。彼らもまたそれぞれの国でわしら同様、議論を戦わせているのだろうか?〕

〔……では、龍王イリリエンはどうなんだろう。神にも匹敵する力を持つというのなら、色について知っているはずでしょう? なんならおれが“炎の界《デ・イグ》”に行ったときに、訊いてみるとしようか〕
 ミスティンキルの言葉を聞いて失笑を漏らしたのはマイゼークであった。
〔まったく、無神経もここまで来ると立派なものだ。ラデュヘンの怒りを買って業火で焼かれる前にここから立ち去るがいい。彼とクスカーンは先日、まさに色について訊くために“炎の界《デ・イグ》”を訪れておる。だが、さしもの彼らであっても力及ばず、龍王様にはついに会えなかったのだ。まして貴様のような者がイリリエンに会えるわけもない。“炎の界《デ・イグ》”に入った途端に試練に敗れ、さらには炎に焼かれておのが存在を灼熱の中に消し去るのがおちだ〕
〔龍王様に対面するなどと大言壮語を吐きおって。お前などに出来るものか〕
 と、ラデュヘンも言った。

 ミスティンキルは気が付くと、怒りを込めた笑いを漏らしていた。
「おもしれえ。なら、あんたたちが出来なかったことを、おれはやり抜いてみせる。よし、イリリエンに会ってやろうじゃねえか。そして、色を元に戻す方法をおれ自身が探し出してやる。大言を吐いたなどと、いまは笑ってるがいいさ。……けど、こんな海蛇の落人がやり遂げたなら、あんたら“司の長”はそれ以下の存在だってことだぜ」
 この言葉をあからさまな侮辱と受け取った司の長の面々は怒り心頭、
〔ウォンゼ・パイエめが、身の程を知れ!〕
〔出て行け!〕
 と口々に罵るのであった。さしもの長老とて、この勢いを止めることは出来なくなっていた。
 ミスティンキルは、そんな長達を一瞥し、長老のみに一礼をすると、即座に会議室から出ていった。

 壊れんばかりの大きな音と共に会議室の扉が閉まる。床を踏みならす足音も徐々に遠ざかり――玄関の扉が乱暴に閉ざされると、“集いの館”は閑散とした陰鬱な空気に閉ざされた。
〔無礼な奴め。あのような者、水牢に幽閉してしまえ!〕
 怒髪天をついたラデュヘンは再び机を叩く。
〔なぜあのような者を招いたのだ。おぬしにも責任があるぞ?〕
 とクスカーンは、ミスティンキルと最初に対面したファンダークを責めた。ファンダークは返す言葉が見つからず、ただ小さくなって耐えている。
〔エツェントゥー老よ。本当にあのような者を“炎の界《デ・イグ》”に行かせるのですか? 危険だ。奴は赤い魔力をもって、このマイゼークを害しようとしたのですぞ!〕
 マイゼークの言葉を長老は肯定した。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥