赤のミスティンキル
〔確かにぬしの言うとおり、あの者の力は底知れぬほど大きい。危険であるかもしれぬ。が、あの若者ならば世界の色を元に戻す手段を見つけるのではないか、とわしは直感したのじゃ〕
マイゼークは首を振った。
〔まったく甘い。それほどに入れ込むとは厳格な貴方らしくもない。ならば私めは、あの者が危険だという自分の直感を信じて行動させていただきますぞ〕
◆◆◆◆
「あいつ、マイゼークと言ったか! 見ていやがれ、目にもの見せてやるからな!」
館をあとしたミスティンキルは怒りの感情に身を委ね、大声を上げた。ひとしきり喚き叫んだあと、ようやく気が済んだミスティンキルは山を下りていった。頑なな決意を胸に抱きつつ。
「ウィム。寝ているところすまねえが、これから行くことにした。“炎の界《デ・イグ》”へな!」
ミスティンキルは宿の自室に戻るなり、毛布にくるまっているウィムリーフに開口一番で言った。
「……だって、もうじき夜になるっていうのよ? 明日にしましょうよ? ミストだって疲れてるでしょうに」
先ほどまでぐっすりと寝入っていたウィムリーフは、いまだ気だるそうな顔をしている。
「いいや。なんと言われようと、おれは今すぐにでも山に登るって決めてるんだ。ウィムも十分寝たんじゃねえのか? 今起きないっていうんなら、置いてっちまうぜ」
その言葉を聞いて、ウィムリーフはがばりとベッドから起きあがった。こういうときのミスティンキルは依怙地であり、梃子でも動かないのが分かっている。なにより彼女自身、体の疲れより好奇心のほうが勝った。
「分かったわよ、仕方ないなあ。今回はあたしのほうが折れてあげる。長旅の果てにようやくここまでたどり着いたっていうのに、置いてかれたんじゃ堪らないからね」
「……なんだよ。なんだかんだ言って乗り気なんじゃないかよ」
「当たり前じゃない。冒険家のたまごとしての血が騒ぐのよ」
ウィムリーフが支度を整えるのを待ってから、彼らは宿をあとにした。目指すはデュンサアルの山。そして――“炎の界《デ・イグ》”である。
太陽は山の稜線に隠れ、ほのかに西の空が薄茜色に染まっていた。もうじきに日が暮れるだろう。