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その後の仁義なき校正ちゃん

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 ちょうど議題と議題の合間だったので、立ち上がっただけで進行役に咎められるなんていうことはなく、少しホッとして勇気づけられた僕は、プレゼン参加者たちの様子をチラチラと見回しながらも、ゆっくりと口を開いた。

「……あの、ここで1つ提案があるのですが」

 すごく弱々しい声だけど、プレゼンデビューの時を迎えた僕。

「えぇと……何ですか?」

 進行役を務める先輩社員から発言を促され——と言うより、立ち上がった理由について尋ねられたんだろうけど——僕は言葉を繋いだ。

「手元にお持ちのレジュメをご覧になって戴きたいのですが、次に論議される予定の、デザインに関する提案の中で使用されております、<ホルダーネック>という言葉は間違った表記です。<ホルダー>と濁るのではなく<ホルターネック>というのが、このデザインにおける正式な呼称ですので、訂正をお願いしたいと考えますが、いかがでしょうか?」

 何とか詰まらずに最後まで一気に言い切った。さすがに、今度は一斉に注目が集まる。僕は、キョロキョロしたりするのは恥ずかしかったので、注意深く視線だけを動かして、周りの人たちの様子を窺ってみた。
 みんな、唖然とした虚ろな目で僕の方を眺めている。特に、直接の上司である第3企画室長は、こいつは何を言うとるんだ? というような感じで目を大きく見開き放心していた。同僚たちも同じような表情でこちらに視線を向けている。同じ会社の他の部署や取引先から来た人たちも、レジュメの方に目を落としていた人が何人かいたものの、あとは同僚たちと似たような反応を示していた。

「おいおい、困るじゃないか、不規則発言なんかされちゃ!」

 進行役の先輩が、小走りに僕の傍へ駆け寄って来て、小声で詰った。やっぱり通じないか……。と思いながらも、もう後に退けなくなった僕は、先輩にヒソヒソ声で抗議(言い争いとも言う)を始めた。

……いや、間違った言葉を訂正しないで商品開発を進めていくのは、ちょっとマズいんじゃないかと思いまして……何言ってるんだ、そんな細かいこと。それにココはな、デザイン関係の話なんだから、ウチの企画室の担当じゃないんだよバカ……
でも、商品はウチの会社から出すんでしょ? だったら、今のうちに直しといた方がよくありませんか……今言わなくていいんだよ、今。こんな小さなこと、後で担当者同士がサラッと話すれば、それで済むことだろうが……でもでも、開発に係わる人が一同に会する場所で呼称をキチンと統一しといた方が、やっぱりベターなんじゃないですか……

 僕と先輩が揉めている様子を見て、会議室全体にざわざわとした空気が広がる。室長のすぐ横に座っていた主任補佐が、こちらを向いて僕の顔を1度キッと睨みつけたあと、先輩に議事の進行を続けるように合図を送った。同時に、隣にいた同僚が腰を浮かして、席に着かせようと僕の両肩を掴んで上から押さえつける。
 僕は少しハラを立てていた。確かに、常識的には、今この場で言わなくてもいい小さな事柄なのかもしれない。ただ、今の時点で正しい表記をみんなで確認しておけば、後から連絡したりする手間も省けるし、結果的に時間的なコストの削減にも繋がるだろうに。
 きっと、デザインを提案してきた取引先に対して気を遣ってるだけで、どちらの表記が正しいとか間違っているとかいうことなんて、ウチの会社の連中にとってはどうでもいいことなのだろう。クソッ、そんなことだから、言葉に対する感覚がどんどん麻痺して、間違った言葉を平気で流通させてしまうことになるんだよ!! と僕は、まるで校正ちゃんが口にするようなことを内心に毒吐きながら、憤然と自分の席に腰を降ろそうとした。ちょうど、そのとき……。