その後の仁義なき校正ちゃん
でも、ちょっと違和感が。ヘンだな? いつもなら有無を言わさず、バッテン印をビカビカ光らせながらビービーうるさい警告音を鳴らして、僕が文書を作成した人のところに殴り込みに(修正してもらいに)行くまで絶対許してくれないのに、今日は、ヤケにまどろっこしいと言うか何と言うか——とてもイヤな気分になるのは変わりないけど——そういう強制的な圧力みたいなものが校正ちゃんの態度から感じとれない。
「何、キョトンとしてんの?」
もしかして、今すぐに行動を起こせというわけじゃないってことか? 会議の最中にムリヤリ割り込んで訂正指示を出したりするのは、さすがの校正ちゃんでも気が退けるということなのか? まぁ、終わった後でレジュメを作成した人に、これが間違いだってことさえ理解してもらえれば修正だってしてくれるだろうから、今ここで大声を張り上げて指摘する必要なんて、やっぱりナイもんなぁ。
「ほら、次の議題、もうすぐよ!!」
気が緩みかけたのも束の間、校正ちゃんの声に慌てて、プレゼン会議の現在の進行状況の方へ意識を戻してみると、ちょうど、例のデザイン関連の議題のすぐ前の「競技用スイムウェアの機能を一般向けのカジュアル水着へ転用する際に留意するべきポイント」という項目のまとめに入っているところだった。
「議題に入る直前がいいんじゃない?」
え!? やっぱり会議中に訂正指示(提案)をしろって言うのか? 校正ちゃんがさっき暢気な感じでフザケていたのは、僕が行動を起こすタイミングを待っていただけだったのか。
「お主、やはり、怖じ気づいておるな?」
校正ちゃんが、再び僕の心の中を読んだようなことを言った。僕は、虚勢を張る気概も余裕もなく、正直に胸の内の不安を吐き出した。
(だって、僕、こんな大勢の人の前で話すこと自体が初めてなんだよ……)
そうだ。今でこそ、無遠慮な人間だと周りから見られることが増えてしまっているけど、ソレは、校正ちゃんとつき合うようになって、文書の訂正を作成者の元へ直接ネジ込みに(依頼しに)行くようなことを何度も何度も繰り返しているからであって、僕は元来、自分の意思や意見を、他人に向かって堂々と主張したりできるような積極的で大胆な性格の人じゃないんだよなぁ。
「ふーん、今日は何だかシオラシイじゃない……ま、大丈夫よ、あたしという者が付いてるんだから。具体的に説明しなきゃいけないところは、ちゃんとフォローしてあげるから、自信を持って、ドーンとやらかしちゃいなさい!!」
な、何ということだ? いつも文章を訂正させられる総務課の女の娘が泣こうが喚こうが、そういう所業のおかげで僕がいくら変人扱いされていようが、全く感知することなく平然と、僕の頭の中にけたたましく警告音を鳴らし、目の前で真っ赤にランプを点滅させ続ける、あの冷血無情の校正ちゃんが僕を励ましてくれてるなんて。僕は、思わず自分の耳を疑った。
「なんて顔してんのよ!? 」
ポカンと口を開けたまま——たぶん、こういうときにイチバン相応しい表現なんじゃないかと思う——しばらく放心状態になって、僕の意識は別世界を漂った。
「ほら、終わった。今よ!!」
僕は、校正ちゃんの声にハッとして、操られるように席から立ち上がった。
作品名:その後の仁義なき校正ちゃん 作家名:ひろうす