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その後の仁義なき校正ちゃん

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(なるほどねぇ。それで?)

「でね、元々の音からズレた表記が広まったカタカナ言葉のことを、あたしたちは<第2種外来語誤表記>って呼んでて、例をいくつか挙げると、
<アタッシュケース>→(アタッシェケース)
<エンターテイメント>→(エンタテインメント)
<リラクゼーション>→(リラクセーション)
なんていうのがあるけど、こういうのは、既に定着してしまってる言葉だから<既慣用化>というサブカテゴリーを付して分類してるのよね。
 それでさ、<ホルダーネック>の場合は、元の音からズレてるだけじゃなくって意味も全く違う言葉と勘違いしちゃったのが誤表記の原因だから、2種と区別して<第3種外来語誤表記>という呼び方をするのよね。それに、<ホルダーネック>という誤用自体が通用してる範囲が狭くてまだ定着してないという判断から<未慣用化>という評価を下しているというわけ。さっき言ったレアなケースだっていうのはそういうこと。わかった?」

(まぁ、一応は理解したよ)

 校正ちゃんをコレ以上長く喋らせておくとロクなことにならないので、わかったフリをして、ムリヤリ説明を打ち切った。まだまだ喋り足りなそうな顔をしている校正ちゃん(もちろん、そういう気がするだけだけど)の機先を制して、たたみかけるように僕は言葉を繋ぐ。

(で、どうすりゃいいの?)

「そんなのイチイチ訊かなくたって決まってるでしょう? このレジュメに載ってる全ての箇所を修正するのよ! <ホルダーネック>なんて元々この世界のどこにも存在してないシロモノなんだから!!」

 やっぱり……。9割9分9厘までわかっていたコトとはいえ、僕はこういう事態になるのをイチバン恐れていたんだよなぁ。
 だって、これは新商品を開発するための会議であって、機能的なデザインに関する工夫だとか素材を転用するためのアイデアだとか、そういう建設的な意見などとは一切関係なく、<ホルダーネック>という言葉は実は間違いであって<ホルターネック>って呼ぶのがホントは正しいんです! なんていう、裸足で明後日の方向へ思いっきり走り出すようなことを言い出せるかっての!!

「さては、お主、怖じ気づいておるな?」

 気が退けた心持ちで目を逸らしていると、まるで心の中を読んだかのようなことを言って、校正ちゃんが意地悪そうな笑みを浮かべながら横目で僕を睨む。
 いやいや、校正ちゃんに目や口なんていうモノは付いて無いから、バッテン印のランプを赤く灯して顔の角度を変えただけで、僕が勝手にそう思っているに過ぎないんだけどね……。

「フフフ。図星であろう? そちの心の中は、すっかりお見通しじゃ。正直に白状した方が身のためじゃぞ。ウリ、ウリウリウリッ」

 校正ちゃんが、赤いランプを嗜虐的にチカチカと明滅させながら、短い右手を突き出して、僕の頬っぺたを突っつき回す。
 もちろん、校正ちゃんはバーチャルな存在なので、実際に触感が伝わってくるわけではないんだけど、何かヒドい屈辱を受けているような気がして、思わず顔が上気してしまうのが、とても忌々しかった。