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目が覚めると小学五年生だった。

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 十一月五日。
 月曜日。
 俺の鼓膜を激しく振動させる電子音。
 けたたましく鳴る携帯のアラームは、いつもの憂鬱ではなく軽度の絶望を運んできた。
「ゆめ……かよ」
 時刻は午前七時十五分。
 通販で買ったパイプベッドに煎餅布団。俺の臭いが染み込んだ枕。
 手を伸ばせば届く位置にあるテレビのリモコン。
 平成二十四年の俺の部屋。疑う余地などない、三十一歳の俺の部屋。
「そうだよな」
 記憶を持ったまま過去に戻って人生をやり直す?
 そんなことが現実にあるわけない。笑いがこみ上げる。
 何が第二の人生だ。
 何が相応しい男になるだ。
 今の俺を滑稽と言わずに何と言おう。
 まぁいいさ。楽しかったじゃないか。
 いい夢を見れた。ただそれだけのことじゃないか。
 リモコンを操作して朝のニュース番組を流し、やかんを火にかけて湯を沸かす。
 お湯が沸くのを待つ間、テレビから聞こえる音声を聞き流しながら歯を磨き、ワイシャツに袖を通し、ネクタイを締める。
 三分と引き摺らなかった。
 夢は夢。現実は現実。過ぎたことを悔やんでいても仕方がない。どうしようもないことはどうしようもない。
 俺はそうやって、開き直って生きてきた。
 しかし……。

 ……尾崎絵美。
 キミは今、どこで何をしている?。
 キミは日本一の女優になれたかい? それとも、俺がこうしてキミを想うこの瞬間も、実現に向けて邁進し続けているのかい?
 俺のように、無為な日々を過ごして人生を浪費している、なんてことはないよな?
 コーヒーカップに湯を注ぐ。コーヒーミルクなんてものはない。
 朝はブラックに限る。……なんて気取ってみても、実際はただ買うのを止めただけ。美味しくする努力を止めてしまっただけ。
 俺の人生と同じ。努力することが面倒になっただけ。
 湯気香るコーヒーを口に含もうとして、ふと唇に柔らかい感触が甦った。
 夢の中の出来事なのに、それは痛いほど生々しくて。
『これで私たち、結婚しなきゃいけないんだよ』
 真っ赤な顔をした尾崎絵美の姿が、黒い水面に映る。
 夢の中でしか、背中を押してやれなかったけれど。
 夢の中でしか、守ってやれなかったけれど。
 俺は、相応しい男にはなれていないけれど。
 それでも――

 ―― 俺は、あなたの幸せを祈ります。

 十一月五日。
 月曜日。
 午前七時二十三分。
 三十一歳。出世とは無縁の冴えないサラリーマンの俺。
 それでも俺は、これからも俺の人生を歩むのだろう。
 飲み慣れているはずのインスタントコーヒーは、やっぱり苦かった。

 ― 了 ―
(次項・あとがき)