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山本ペチカ
山本ペチカ
novelistID. 37533
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僕とメトロとお稲荷さま

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 僕の足元で、男が横たわっていた。周りの人たちが駆け寄って呼びかけても、そいつはうんともすん言わなければ、ピクリとも動こうとしない。
 たぶん……というか絶対、こいつはもう死んでいる。だって、血スゴイもん。
男を中心にして、真っ赤で大きな水たまりが歪んだ円を描いている。たしか人間は二リットルの失血で死んでしまうと、小学校の保健授業でやっていた。この血だまりは、あきらかにその許容量(キヤパ)を超えている。
目の前でヒトが死んでいるというのに、不思議と僕は冷静だった。…………いや、何も感じない、の間違いか……。だってこいつ、あり得ないくらい僕にそっくりだから。なんか驚くとかいうありきたりなリアクションを通り越して、現実味というのがまるで湧いてこない。だって僕はこうして生きてるもん。死ぬはずないもん。だから瓜二つのこいつも、死んでるはずないもの。
「いんにゃ、死んでるよ。そこで寝てるオニーサン」
「それと、そこでアホの子みたいにつったてるオニーチャンも、もう──死んでるよ」
 それは畳に鈴を転がしたような子供の声。ころころ転がりながら鳴る、せせら笑い。
 僕はそこへ首を曲げた。
「あっ、こっち見た」
「アタシあの顔あんまし好みじゃな~い」
「そう? ボクはケッコーありだと思うけど」
 視線の先にあったのは、あの奇妙な神社。目の覚めるような赤い鳥居の柱に寄りかかりながら、二人の子供が僕を指差して笑っている。
「──あ」
 何か言い返してやろうと開けたはずの口から、乾いた喉の音が鳴った。僕は一瞬、この二人の子供に心を奪われてしまった。
 背格好や声からすると、たぶんと歳は十歳前後。橙色と紺色の短褐丈の着物をきていて、それぞれ毬と蜻蛉の模様がちっている。手にはそれぞれ風車と水ヨーヨーが。まるでつい今しがた縁日から帰ってきたみたいな恰好。そしてさらにあの流れるような髪だ。橙色の着物で風車を持った子は、一流の書道家のはらいみたいに空中で長い黒髪がたゆたっている。紺色の着物に蜻蛉ガラの子の髪は、反対に高級和紙みたいに黄ばみのない白のセミロング。陽光に照らされたそれは、金粉をまぶしたみたいにキラキラ光っていた。
 でもそれよりも何よりも、一番目を引かれたのは二人が顔につけているお面だ。
「どーしたのー、オニーチャーン。きょとんとしてさ。きつねにでもつままれた~?」
 黒髪で橙色をまとった方の子供が、またケラケラと笑いだす。
 きつね……そう狐だ。二人はお揃いで狐のお面を被っている。でもそれはひどく傷んでいて、黒髪の方は鼻から下が、白髪の方は右半分がそれぞれ欠けていた。
「オニーチャン、ちょっとアタシたちとあそばない?」
 そう言いながら歩み寄ってきた黒髪の子が、遠慮なしに僕の手をとった。
 すると腰にあった重心が前方に傾き、僕はまるで手でひっぱる木馬のおもちゃみたいに連れて行かれてしまった。
「やあ、全部見てたよ」
 鳥居の前まで来て、白髪の子が言った。
「見て……、いたって?」
 僕は震える声で聞き返した。
「全部さ。そこの向かいのコンビニに入るところから、天狗風でとばされた冊子をおいかけて車にひかれるところまで、全部」
「じゃあ僕は、ホントに──」
「死んでるよ。ご愁傷さま」
「……そんなっ」
 全身が弛緩して、折れた膝が地面に落ちる。白髪の子のにべもない言葉に、頭か欠落していた空白が、またたく間に色を取り戻しだしていく。
「嘘だ……この体が幽霊だなんて……だって、今までと全然変わらないじゃないか! 体も透けてないし、脚だってちゃんとある! この僕の、一体どこが幽霊なんだよ!!」
 僕は否定した。今まであった現実と、今ここにある非現実との齟(そ)齬(ご)を。でも声を荒げれば荒げるほど、反比例するように僕の心は冷静に事態を整理していた。それこそ、コンピューターみたいに、だ。
「死んだからといって、簡単に霊魂の存在を信じるのは、ぼくはどうかと思うよ?」
 アスファルトに四つん這いになっている僕に、不意に白髪の子の声が降ってきた。
 咄嗟に顔を上げる。その顔に「どうして?」という情けない疑問符を張り付けて。
「だって、それだとデカルトの『二元論』をコーテーすることになるでしょ? アタシたち、そーゆーニンゲンのリクツってキライなんだよね~」
 黒髪の子が、自身の長髪を指先で弄びながら言った。僕にはなんのことだかさっぱり分からない。
「つまりさ、人間のくせに目に見えないモノを理解しようだなんておこがましいって言いたいのさ」
 さっきまで鳥居に寄りかかっていた白髪の子が、不意に僕の方へやってくる。そして見下ろす。半分だけ露わになった顔で、紫色の大きな瞳で。
「人間なら人間らしく理屈で語ってみなよ、って言ってるのさ。
 体は潰れて死んだけど、実はぶつかった衝撃で存在の位相階梯が一段ズレちゃって虚数側の住人になったとか。あとは集合的無意識(ウーヌス・ムンドウス)に繋がっているはず脳が潰されたことで、意識体だけが物質世界に取り残された、とかさ。
 いろいろあるでしょ、探せばさ? いつだってどこだって、理由をつけて不安や恐怖から逃げてきたのは君たち人間の方だろ?」
「ジョーキョーにながされて、カンタンにアタシたちのリョウイキをおかないでよ。そーゆーの、ぶっちゃけメーワクなんだよね」
 跪く僕の前に、ずいと黒髪の子もでてくる。
 僕は居並ぶ二人を仰ぎ見た。その視線の先にあるのは、嘲(ちよう)弄(ろう)を浮かべた異形の狐面。戦慄が質量をともなって背筋を這いずり回る。
 言い知れぬ恐怖が身を包む。でも、これだけは分かる。この二人は、人間じゃない。ヒトではないナニかだ。
 頭蓋の中で、二人の子供の笑い声が残響しさらに共鳴し合う。最初に聴いた時に感じた、涼しげな鈴の音とは似ても似つかない。例えるならそれは、餓鬼のむせび泣く声。聴く者に耐え難い地獄の怨嗟。
「いよう、狐の子らよ。また人間の子供を虐めているのか」
 出し抜け、低い明朗な声が耳朶を打つ。咄嗟に僕は聴こえてきた方へ顔をあげた。けれどすぐに言葉を失う。なにせそこにいたのは、狐面の子よりも遥かに歪な、着物に袴をみにつけた和(わ)箪(だん)笥(す)の化物だったのだから。
「おう? なんでえ、死にたてほやほやかの新米じゃねえかい。いけねえな、いくら元は人間でも、今じゃこうして幽(かくり)世(よ)の住人なんだ、魁(さきがけ)としてちったぁ優しく出来ねえもんかねえ」
「うわっ!?」
 箪笥の化物は近づいてくるなり、いきなり地面に突いた僕の腕を取ったのだ。
「男がいつまでも地べたに這いつくばるもんじゃない」
 そう言いながら箪笥おばけは僕を立ち上がらせ、ぽんぽんと軽く頭を叩いた。
なんだろう、見た目はとんでもなく厳(いか)ついのに、隣に立っていると不思議な安心感があった。
「九十九(つくも)のオジサマ、きょうはなんのゴヨウですか?」
 黒髪が、糸を切った凧のように躍りだし、大きな箪笥おばけの腕にしがみついた。さっきまでの緊張はどこ吹く風、歳相応の無邪気な子供に戻っている。
「なに、例によって例の如くってやつさ。異界メトロに乗せてもらうぜ」