ふたりぼっち
真夏の太陽。眩しくてまっ白な日差しの下、私は少女に出会った。空には雲一つなくて、ただ果てしなく青が広がっていた。吸い込まれそうな空。誰もいない道、瑞々しい緑の色が鮮やかで、蝉の声だけが鳴り響いていた。世界は閉じ込められたように、熱された夏に染まっている。逃げることはできない。
少女は一人、道端にしゃがみ込んで地面を見つめていた。一人遊ぶことにも飽きた私は、ただ見るともなしに少女を見る。彼女が何を見ているのか気になって近づいた。少女の影、私の影、濃い黒となってその存在を示している。
少女は足元の蟻の行列を見ていた。微動だにせず、ただじっと見ていた。
太陽の光を受けて少女の茶色がかった髪が輝いている。けれど、長い髪に隠されて彼女の顔はよく見えない。影だ。その髪の色が珍しくて私は不思議な心地で少女を眺めていた。
少女は白いワンピースを着て、しゃがんだままじっと動かない。顔は真っ黒な影。この子は生きているのかなと私は疑問に思った。
どれくらいそうしていたのか分からない。時は止まったかのように世界は動かない。蝉の声がとても遠く響く。暑いことも忘れて、私もまた生きていないもののようにじっとしていた。
そして、…光。
あつい。
じわじわと肌を焼く太陽が暑い…。私が熱を自覚し、少女から目を離そうとしたとき、少女が顔をあげてこちらを見た。
少女は猫のような目をしていた。大きくて少しつった鋭い瞳。その瞳に私が映っているだろうことが不思議で、現実感がない。私はとらわれたように動くことができない。
そして、私をじっと見た後、少女がぽつりと言った。
「こけしみたい」
(…なんやそれ)
ふ、と意識が現実に戻され、私は心の中だけで呟いた。この子は知らない子。この場所は私の場所ではない。だから、不用意に言葉を発しない方がいいように思った。
以前、ここの子供たちと少し話したときに、言葉がどこか違うことに違和感を感じ、向こうもまた奇妙に思い珍しそうにしていた。そのことになんだか距離を感じた。変だ。どこだここは。わたしはなぜここにいる。ここは私の世界じゃない。
まるで私一人が、私を誰も知らない異世界にでも捨てられたような気分だった。私は異物でしかない。おおげさだが親と長く離れて、友達も知り合いも誰もいない。私は寂しかったのだ。
「ねえ、誰」
そう言った後、少女は私をじっと見た。やはり猫の目のようで少し怖かったが、私は目をそらすことができない。そらさない。沈黙。まるで世界は少女と私二人だけのよう。けれど、私は何も言わずに黙っていた。
そのうち、少女が沈黙を破った。
「ねえ、しゃべれないの?…つまんない」
そう言って意味もなく小さく舌を出した。そのまま立ち上がり服の土を払うと、歩き去っていこうとする。もう足下の蟻には見向きもしない。
私にもきっと見向きもしないだろう。私はなぜか焦りを感じた。何か言わなくちゃ、そうしないと少女が行ってしまう。ひとりぼっち。私は勢いのまま言葉を発した。
「うちは…、わたしはこけしと違(ちゃ)う」
少女の背中。
「ふーん」
少女はくるりと振り向き、つまらなさそうに言った。
そのまま少女は私のそばに近づいてくると、ポケットから何か小さな袋を取り出した。そして袋から小さな黄色い物体をひとつ摘まみ、私の顔の前に差しだす。
少女が持つそれは不可思議な宝石の石のようにも見えた。少女は口を開けるそぶりを見せる。私に口を開けて食べろということだろうか…。少し躊躇った後、私は素直に口を開き、少女の指からそれを口に含んだ。おそるおそる舐めてみる。飴?違う、これは…。なんだかすっぱい味がして、歯を立てると噛み砕けた。
そのまま私はそれをゆっくり噛んで飲み込んだ。不思議な味はまだ口の中に残っている。すっぱくて苦しいな。黄色い宝石は私に溶けてくれるかな。
私がそれを食べている様子をじっと眺めていた少女は、私が飲み込んだのを確認すると興味を失ったかのように向こうをむく。そして、そのまま歩き出す。
私は慌ててそのあとを追いかけた。少女は私に帰れとは言わなかった。
この場所に来て初めて、友達ができた。