水に解けた思い
「金魚はどうしたのかしら…え?……金魚!?」
赤いひらひらしたモノを纏ったこの女性は、まさか?
華奢とまではいかない身体。ふんわりと優雅な動き。声を持たない言葉。
水底の蒼さのような哀しげなくすみがかった青く艶やかに光る目の瞳。
「あなたは、金魚?」
可笑しな質問を投げかけるが、それ以上に尋ねる言葉が見つからなかった。
『待っていました、ずっと……』
やはり、女性は、やや唇を開き、やんわり閉じただけで声が口から発せられたようには思えなかった。
「ごめんね。ごめんなさいね。あの人を亡くして悲しかったのは私だけじゃなかった」
また涙が溢れ、目の前の女性が揺らめいて見えた。
「あなたも一緒に泳いでいたもう一匹の金魚を亡くしたんですものね。寂しかったでしょ」
『もう、水に流します。うふ。水に帰ります』
その女性をぎゅっと抱きしめたかと思った途端、意識を失ってしまった(ようだ)
気がついたときは、床に倒れていた。近くに水が点点と床を濡らし、奥の方へと続いていた。
カーテンを反すと、水槽の中には長い尾びれを緩やかにたなびかせ泳ぐ赤い金魚がいた。
「また、会えるかしら」
水槽を覗き込むが、金魚は何も答えるわけもなく、ガラスの端まで来ると身体を返し、泳いでいるだけだった。
思い立って、テーブルのところに行き 水を掬い、ガラスの皿に零した。
「出て、出て、出て……あ、出た!」
浮かびあがった文字を読み取る。
《ズットアナタノソバニイル》
もう、何も聞こえてはこなかった。でもわかった自身の気持ち。
ガラスの皿の水を水槽に戻し、もう一度、水を掬い、ガラスの皿に零した。
だが、もう何も起きなかった。