水に解けた思い
翌日、お茶屋の兄さんの息子に頼んで、水槽と金魚を家に運んでもらうことにした。
だが、急にお茶屋の兄さんが反対した。
「そろそろ、一緒になってやれよ」
そう言って、小さな包みを手渡して行った。
中身を見て、素直に決心した。
身の回りのものを風呂敷に包んで、あの人の店に引っ越した。
あの人の残した思い出と微かな匂いと一匹になった金魚と暮すために……。
「ただいま」
何だかそう言ってみたくなった。
カウンターにあったポットで水を沸かしてカップを用意した。
お茶屋の兄さんがくれたお茶を淹れた。
革張りの緩やかなカーブの椅子に腰掛けゆっくりと飲んだ。
「これからは、ずっと此処にいますからね」
カップの中には、湯の中に一輪咲いた桜の花が浮かんでいた。
― 了 ―