水に解けた思い
ずっとずっと若かった頃のこと。
あの人、そう此処の店のマスターの息子。四歳年上の人だった。
あの人とあのお茶屋の兄さんは友人でいつも一緒にたばこ屋の前を通り過ぎた。
まだ、たばこなんて吸える年齢じゃなかったけれど、ばーちゃんの代わりに店先に座って店番をしていた。
両親が、働いていたから、昼間はばーちゃんの店で過ごしていたのだ。
だけど、いつの間にか両親はそれぞれの生き方をすることとなり、母方のばーちゃんと暮らすこととなった。
母は……寂しかったのか、好きな人ができたらしいけれど、心労と働き過ぎで死んでしまったとばーちゃんが言っていた。
不思議と悲しくはなかった。きっとあの人とあのお茶屋の兄さんのおかげ。
優しさは、やがて愛しさになり、あの人と居ることが多くなった。
お茶屋の兄さんが、県外の学校へ進学したこともあって、あの人と近くなったのかもしれない。
看板娘も年頃になって、店に来るオジサン達も声を掛けてくる。
ばーちゃんは、預かった孫を守るがゆえに あの人とも遠ざけた。
あの人が社会人になって 何処かの会社に勤め始めたことでなかなか会えなくなり、自然にその距離は離れて行った。
しかし、翌々年の冬、此処の店のマスターが凍てついた道路をスリップした車に当てられ命を落とした。
あの人は、この店に戻ってきた。そう、目の前にまた現れた。
止まってた時間を動かすように互いの気持ちは走り始めた。
次の春。もともと、心臓が弱かったばーちゃんは、たばこ屋を託して逝ってしまった。
ばーちゃんの遺品の中に マスターからの恋文を見つけた。
ばーちゃんとマスターの想いを知った時、あの人と誓った。
――いつか 一緒になろうね――
だが、そんな誓いに陰りが差した。
あの人とお茶屋の兄さんの友人が、酔った時のこととはいえ身体を……。
その男が、何処かで漏らしたことで、あの人の耳に届いてしまった。