カムイ
月は、誰をも寄せつけようとはしなかった。馬の扱いに手慣れているはずの鈴にとっても手の施しようがないほどに、頭を大きくそらしたり脚を高く上げたりして、時には暴れる。
月と共にやってきた馬たちと、ここで生まれた仔馬たちは、鈴に心を許しているようなのだが。
仕方なく、月には好き勝手が出来るように、放っておいた。
そうするうちに、誰も気づかない夜の間に、月だけが川を越えてどこかへ行ってしまい、その後も戻ってくることはなかった。
まもなく冬が訪れる。鈴にとっては、ここで過ごす初めての冬が。
雪で身動きが取れなくなる前に、馬の飼料を貯めておかなければならない。燃料とする薪も用意しなければならない。
文左衛門の手助けがあったが、「やはり歳を重ねてくると、この冬を無事にやり過ごせようかのう」と不安を口にする。
若いカムイの存在があればこそ、ここの寒さをやり過ごすことが出来たのだ、という。
あの時以来、暗黙のうちに誰も、カムイのことは口に出して言わないようになっていた。
しかし鈴はひとりになるといつも、手に取って眺めては、撫でさすっていた。
カムイがウサギの毛皮で作った雪靴。キツネ皮の上着。マフラーや手袋。自分のために狩りに出かけ、作ってくれたそれらの品々を抱きしめて、ひっそりと涙を落とす。
カムイの温かい心遣いを、今さらながらに噛み締めている自分が、いる。
カムイ・・・。
鈴の体には、異変が生じていた。