カムイ
牧場が見えてきた。
柔らかい夕暮れの日差しを浴びている草の上で、立ち上がってこちらを見ているセタの胴部に、白いさらしが巻かれているのに気づいた。珍しいことに、紐で木に繋がれている。
セタエチは馬車が止まるのを待たずに飛び降り、よろけて両手をついてからすぐに立ち上がると、喜んで吠えているセタのところへ走って行き、セタの様子を見ながら抱き締めた。
ゥワンワンワンという元気のよい、セタの喜び跳ねている声を聞き付けて、「やっと帰って来おったか」と何やらぶつぶつと呟きながら、ドスッドスッドスッと文左衛門が、大股の急ぎ足でやって来た。
馬車馬の轡(くつわ)を取りながら首筋をポンポンと軽く叩いて、馬をねぎらいながらも、何度も咳払いを繰り返している。
なんと切り出せばよいか、どのように説明すればよいだろうか、とずっと考えていたにもかかわらず、やっと思いついたその言葉が口から出てこずに、思案顔で鈴を見やった。
鈴は、しっかりと口を引き結び目を伏せて、すっ、と顔を横に向けたのだ。
おや、どうかしたのか? と首をひねったが、口をもごもごとさせ咳払いをしてから、やっと口を開いた。
「鈴、落ち着いて聞いてくれ・・・警察が来て、カムイが連れていかれたんだ。そもそも・・・」
鈴の眼には、涙が盛り上がってきている。一瞬息を詰め、涙を見られまいとして目を合わせようとはせずに、顔をそむけたまま御者台から降りると、荷台にある荷物を引き寄せて背中に負い、黙って足元に目を落としたまま小屋に向かう。
盛り上がった涙はあふれだして、頬を伝い落ちてきた。
それほどの驚いた様子を見せないばかりか、いつもと違って意気消沈してしまっている鈴に、文左衛門は、それ以上のことは言えなかった。時間的には、途中で行き合ったとも思えない。ただ不審には思ったが、黙ったまま鈴の後ろ姿を、じっと追いかけた。