カムイ
セタの吠え声と騒ぎに気付いて、刀を手にして走ってきた文左衛門が、取り囲んでいる巡査たちの間をすり抜けてカムイの前に立つと、馬上の巡査長を見上げてまじまじと見つめた後、呆れ声で言う。
「おめぇ、弥助じゃあないか。カムイをどうするつもりだ」
「ゥオッホン、札幌警察の巡査長を務める今井弥太郎だ。以前の弥助なる者はもう存在しない。その男には取り調べたき義があって参ったのだが、狼藉を働かれては逮捕せざるを得ぬな」と、居丈高に言う。
「ヘッ、よく言うわ、この女衒めが。お主の方が、逮捕される側じゃねェのか」
「うるさいわ、邪魔立てすると、そなたも共にしょっ引くぞ」
腕まくりをして闘おうとする文左衛門を、カムイが押しとどめた。
「やめろ! 文左。心配するな、真相はすぐに分かってもらえるさ。鈴とセタエチが帰ってきたら伝えてくれ、すぐに戻って来る、とな。それから、セタの手当てを頼めるだろうか」
「ああ、分かった。弥助、手荒なまねをするんじゃねぇぜ。カムイにもしものことがあったら、ただじゃすまねェと思え」
「ハンッ、馬鹿言ってんじゃねェぜッ。時代が変わったんだよ。昔の関係なんザ、もう関係ねェんだ」
縄をかけられはしなかったが、引き連れて来ていた空馬に乗せられ、拳銃を手に持った巡査長がすぐ後ろに付いて銃口を向けたまま、また周囲をがっしりと固められて、連行されて行った。
文左衛門は、追いかけようとするセタを取り押さえ、不吉な予感を覚えたが、どうすることもできない自分の無力さに地団太踏む思いで、彼らを見送った。
時代が時代なら、ワシが弥助をしょっ引く立場だったのだ、という思いがあった。