カムイ
加代が口を開きかけた時に、フイ、と鈴は向きを変えると、走り出していた。走りながら、考えた。
そうだったのか。
カムイが自分を・・・鈴を必要としたのは、加代さんの代用でしかなかったのだ・・・カムイが愛しているのは、加代さんなのだ。
悔しさと悲しさとやるせなさと・・・。
そして、沸々と怒りが込み上げてきた。
走るのをやめ、ゆっくりと町中を歩いて考えた。
カムイは鈴の命を、オオカミから守ってくれた。自らの危険をものともせずに。
ウサギやキツネをわざわざ捕らえて来た。
それらの毛皮で鈴のために、暖かい履物や首巻きや被り物や手袋や、もっともっといろんな物を作ってやろうと・・・。
一緒に笑い合い、辛い仕事にも一緒になって取り組んできた。
だが・・・考えても考えても、それは加代のことを思っての行動であり、鈴が大事だからなのではなかったのだ。
加代に似ている鈴はやはり、加代の代用にしかすぎなかったのだ。
カムイのそばにいる鈴の中に、加代の面影をいつも見ていたのに違いない、という考えから離れられない。またそういうふうにしか、考えられない。
カムイが見ていたのは鈴ではなく、鈴を通して見る、加代、だった。
それを思うと、込み上げた怒りを鎮めるどころか、考えるほどに怒りは増幅していった。
気がつくといつのまにか、警察署の前まで来ていた。アーチ型をした入口の横に掲げられている [札幌警察署] という表示をしばらく眺めていたが、ひとつうなずくとためらいを捨て去り、口を一文字に引き結んで、警察署の玄関をくぐった。