カムイ
札幌の町の、あちらこちらにある掲示板に張られていた貼り紙は、一部が破れたり、はがれたりしてほとんど無くなっていた。
「三宅さん、ごめんなさい。この前、お渡しするお釣りを間違えていましたの」
と肩を叩かれて、鈴は横に立つ人を振り向いて、顔を見た。
病院の看護婦の衣装を着ているが、見知らぬ人であり、心当たりは全くない。
「窓からなにげなく外に目をやった時に、ちょうど病院の前を通り過ぎられるところを見かけて、追いかけて来たんですのよ。よかったわ、はいこれ」
と言いながら、お金が入っている封筒を差し出してきた。
「あの、あの人違いじゃないですか? 私、三宅という者じゃありませんけど」
「えっ?・・・あらら、やだぁ、ごめんなさい、ほんとだわ。横顔が少し似ていらしたものですから・・・でも、よぉく見たら全く違っておられますわよね」
「ほんとにごめんなさいね」と何度も頭を下げながら詫びて、その看護婦は駆け去ろうとしたが、鈴は思うところがあって、呼びとめた。
「あの、看護婦さん! ちょっと待って下さい」
怪訝な顔で振り返った看護婦に、改めて問い返した。
「そのう、その私と似ているとかいうお人、名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」
「三宅さん。三宅加代さんですよ。もしかして、親戚の方ですか?」
「その方、私と似てらっしゃるのでしょうか」
「ええ、横顔がまるで、姉妹みたいに。ほんとにごめんなさいね、呼びとめたりして」
「あの、どこに住んでらっしゃいます? そのう、もしかしたら昔、戦の時にはぐれてしまった姉かもしれないと思われるもので・・・加代という名で・・・」
不審な顔をされて、鈴は咄嗟に思いついた嘘を口にした。
それでなのかどうか、看護婦は不憫に思ったのかもしれない、覚えている地名を教えてくれたのである。
「そうですか、それは御心配でしたね。三宅さんは余市から、時々お子さんを連れて見えられています。お姉さまとのご再会がおできになったら、およろしいのにね。では、失礼しますね」
看護婦が立ち去った後、しばらく鈴は、その場に立ち尽くしていた。