カムイ
足が棒のようになり、これ以上立っているのが辛いと座り始めた頃になって、ようやく全身が現れた。
カムイは、この後どうすればよいのか、と問いたげな、自信のなさげな目で鈴を見る。仔馬はまだ胎胞に包まれたままで、動かない。
母馬は疲れて、横たわったままだ。
「人間の臭いがつくと、子育てをしなくなることがある。ここも辛抱のしどころさ」
鈴は自信たっぷりに言い放った。
母馬はようやく起き上がると、脚だけを時々動かして突っ張ろうとしている仔馬のそばに寄り、その身体を包んでいる胎胞を食べ、液体にまみれた身体を舐めまわしていった。
仔馬は、脚を曲げ伸ばしするように動かし、立とうとしているのか、頭を一生懸命もたげている。
この時に母馬は、自分の仔馬の臭いを認識するのだ。
生まれて1時間ほどで、仔馬はよろけるようにして立ち上がると、母馬のそばに寄って乳首を探し求め、口に含んだ。
ヤッタァ―……、スゴイ!……、 よかったよかった……、などと自然と口を突いて出た言葉。セタエチと文左衛門は、目尻を下げ、安心と安堵の表情を浮かべて見合っていた。
「人や動物を殺めるばかりだったが、命の誕生する場面を見るのは初めてだ。たとえ馬といえども、生まれる、ということは、自らの命を賭した母と、子が経験する最初の苦しみの、共同作業なんだな・・・ワシがしてきたことなど、ちっぽけに思えるわい」
文左衛門は何度も眼をこすっていた。
そして、眼に涙を浮かべて黙りこくっているカムイに、ニッコリと微笑みかける鈴であった。