カムイ
「母ちゃん、父ちゃん、どうしたんだろう?」
「どうしたって?」
「そこのはり紙に顔のえと、父ちゃんのなまえが書いてあったよ。カムイ、って父ちゃんのことだろ。手ン書く、ってなんのこと?」
見まわしてみると、ところどころにある大きな建物の壁の掲示板には、何かの張り紙が貼られていた。
買った物を包んだ大きな風呂敷を背中に負い、喉の下あたりでその結び目を両手で持っていた。そして、荷馬車を置いている所へ戻る途中であったのだが、鈴はセタエチが指し示した張り紙に近づくと、じっくりと眺めた。
『手配書』と冒頭に書かれた紙には、角ばった、カムイとは似ても似つかない顔が描かれている。
「フン、何がカムイなもんか。こんな下駄みたいな、不細工な顔じゃないじゃないか」
「よんでみてよ、なんて書いてあるの?」
似顔の下に書かれた文字を追っていくうちに、鈴の顔は次第にこわばりを見せていく。
「うそ・・・」
張り紙には、カムイが人を殺めたことが書かれていた。殺されたのは警察の巡査。
「カムイに確かめてみないことには・・・分からないよ」
いったいどういうことなんだろうと考え、いろいろな状況を組み立てて、何度も同じことに思いを巡らした。しかし、分かるはずもない。少なくとも、昨年以前の出来事になる。
考えに没頭したボーッとした状態で、セタエチに手を引かれるようにして荷馬車に戻り、文左衛門が所用を終えて帰ってくるのを待った。
その間にも、いろいろな想像が浮かんでは消えていった。良くない想像と、きっと何かの間違いさ、というわずかの期待とが入り混じった想像と・・・。