カムイ
小屋のきしむ音に危険を感じた文左衛門は、三和土(たたき)に下りたところで戸板が倒れてきた。その瞬間その場に屈み込むと、戸板は上がり框との間に隙間を作り、雪の重みにも耐えて、身体中に痣を作っただけで、難を逃れることができた。
どのぐらいの時間、そうしていたのかは分からないが、空腹ぐあいから、かなりの時間、1日以上を窮屈な姿勢でいたのだろう、という。
幸い、呼吸が苦しくなるということはなく、雪で囲まれていたために寒さにも耐えることができた。
身体の関節は固まってしまい、しばらくの間、身体を伸ばすことが出来なくなっていたぐらいのことで済んだ。
わずかに開けた隙間からようやく引き出されて、セタエチが差し出した竹筒を受け取ろうとしたが、関節が動かない。頭を持って竹筒を口にあてがわれ、少しずつ口に含ませてもらっているうちに、少し手が動かせるようになってきた。酒に対する執着心からである。
セタエチから竹筒を取り上げて自分で持ち、ゴクゴクと水を飲んでいるかのように、濁酒をあおった。
「ヒュー、ンァあぁ、ゥうまい! すきっぱらにこたえるワナァ。体中に、力がみなぎってきたわ」
「いっきに飲むと体に障るぜ、それぐらいにしとけ」
カムイは、文左衛門の手から竹筒を取り上げセタエチに渡すと、文左衛門の手を取り背中におぶって、1歩1歩ゆっくりとした歩みで、小屋に向かった。
「文左は、軽いんだな」
「もう、年だからよ。すまねぇな、借りができてばかりだ」
「なぁに、そのうち、まとめて返してくれりャァいいさ。ハハハハ」
「ハンッ・・・ああぁ、息子に背負われている気分だ」
文左衛門は、カムイの広い肩に頬を当て、体に伝わってくる暖かい体温に、すっかり忘れていた、心の安らぎを感じていた。