カムイ
群れのリーダーが倒れると、統率が崩れるのはオオカミも同じはずだったが、仲間を殺されて、血の臭いが充満する中で興奮しているオオカミたちは、そのままふたりを取り囲んだままだ。
黄色く鋭いまなざしを向けてうなり声を上げ、我先にと、今まさに襲いかからんばかりに、前躯を低く保っている。
カムイは、血にまみれた山刀を急いで取り上げ、再びオオカミたちと対峙した。
鈴と背中合わせとなり、後ろから襲いかかってくるものがあれば、鈴の声を頼りとして即座に振りむいては、次々と掛かってくるオオカミを打ちすえていった。血糊が付いたままの刀は、切れが悪くなってきているのだ。カムイの体力にも、限界が来つつある。
どうすればよいのか・・・やはり、火がなければ駄目だろうか。
その時、バォン・・・バォン・・バォン、と吠えながら猛スピードで現れたセタは、オオカミに体当たりをして蹴散らし、また、首筋を狙って跳びついては、森に向かって逃げまどうオオカミを追いかけ、くんずほぐれつ、共に森の中へ消えて行ってしまった。
オオカミは、犬と犬の臭いが大嫌いなのである。
かろうじて、危機を逃れることができたのだと認識し安心した鈴は、その場に崩れ落ちた。
「よくやった。さすがだ」
オオカミのゆく手を目で追っていたカムイは、鈴に視線を戻して、まず褒めた。
「後を・・・付けていたのか? どうして?」
自尊心の強い鈴は、両手で雪をつかんでカムイを見上げると、荒い呼吸であえぎながらも、それだけを言った。カムイは深呼吸を繰り返した後、わずかに微笑んでみせ、見下ろして言った。
「ここらには、オオカミが多い。熊が出ることもある。そんな奴らにお前は、親切にも、餌を置いていたのだからな。そんなことに考えが及ばない間抜け頭には、あきれたもんだ」
「フン!」
顔を背けはしたのだが、鈴は内心ではすごく嬉しかった。剣を含んだカムイの言葉に、頬を膨らませて怒りの表情は崩さなかったのだが、目と口元は次第に、緩やかにほころんでいった。
バオン! セタが、いつの間にかそばに来て、尻尾を時々ゆるやかに動かしていたかと思うと、バフン、と舌をだらりと出したまま雪の上に横たわると、胸腹部を激しく上下させながら、気持ち良さそうに体を冷やしていた。