カムイ
鈴は突然立ち止まって、森を見た。
置き去りにした馬はどこかへ行ってしまったものと思い込んでいたのだが、その馬は横たわった状態で目の前にある。
体の上には雪が降り積もっていたが、その一部分が雪から堀り出されて千切れ、周囲には、食べ散らかした跡と、オオカミと思われるものの足跡が、多数残っていたのである。
身の危険を感じた鈴は、走り出した。雪の上を走るといっても、道を歩く速さよりも遅い。
同時に1匹のオオカミが姿を現すと、煙幕を張るかのように雪を蹴散らして、まっすぐに鈴を目がけ、走り始めた。
ゥオォォォォォゥゥオォォォォゥ、ゥオォォォォォゥゥオォォォゥ、と残りの1匹は遠吠えをし、仲間を呼んでいる。
必死に、気持ちの上では一生懸命に走っているのだが、一向に前進しない鈴。あせりで雪に足を取られ、転んで、頭から雪の中に突っ込んでしまった。
鈴を目指して勢いよく突っ走るオオカミの横腹を、カムイが放った矢が、ピシューッとうなりを上げて貫いた。
カムイは矢を放つと同時に、鈴に向かって一目散に駆け出した。
オオカミたちが来るよりも一瞬早く、もがいている鈴を助け起こすことが出来たカムイは、山刀を腰から抜くと、ふたりを扇形となって取り囲み、低く唸るオオカミたちと対峙する。
「弓を使えるか?」
「ああ、稽古はした」
カムイは、後ろに控える鈴に弓矢を渡すと、山刀を振り回すようにして威嚇しながら、群れを睥睨した。
群れの中ほどやや後方に、ひときわ体格のいいオオカミを捉えると、鈴にそれを指し示し、
「あれだけを狙って撃て! できるな」
と言いおいて、山刀をだらりと下げ、前に進み出た。
うなり声を発したまま、後ろににじり下がったオオカミたちは、一斉にカムイをめがけて襲いかかる。カムイは山刀を振り上げ、即座に水平に振り切って、オオカミに切りつけていった。
しかし、オオカミの動きは雪の中でも俊敏である。一方、カンジキを付けたカムイの動きは、やはり鈍い。