カムイ
一昼夜かかって、ようやくコタン(村)の柵が見えてきた。
アイヌたちは、無雪期になると、海や川のほとりに数家族が集まってコタンを作り、主に漁労に携わる。
コタンの入口を守って立っているふたりの男は、黒い洋装の上着とズボンを着用し、草鞋ばきにゲートル、腰には刀を差し、手に鉄砲を持って、にやけながら雑談をしていた。
新政府により導入された兵士、いわゆる屯田兵である。彼らは軍事教練を受けながら開墾にも従事しているという、禄を失った浮浪者や元農民を主体とした、兵士集団である。
「なに用だ!」
笑い声を出していたふたりはあわてて鉄砲を構えると、居丈高に言い放った。
カムイは馬から降り、ゆっくりと近づいていく。
「ここで、暮らしていた人たちは?」
「野蛮人か? 収容所へ送った」
「アイヌ(人間)だ。収容所? どこにある」
「知るか! そんなこと、貴様に教える必要はないだろう。さっさと消えうせろ、目障りだ」
兵士は、野蛮人という言葉を否定されて、頭に来たらしい。つっけんどんな言い方をした。
「ここにはだれか、残っていないのか?」
「日本人になることを拒んだからな。全員収容所に送られた。さあ、行った行った、お前の相手をしている暇など、ないわ」
と言って、鉄砲の台じりで小突いて来る。それを手を突き出して押しとどめながら、肝心なことを聞いてみた。
「ちょっと待て、チニタという女のことを知らないか?」
「女の名など知らぬわ」
「お前たちが来てから死んだ、と聞く」
「知らんな、さっさと消えちまえ、さもなくば、撃つぞ!」
と、鉄砲を構えて撃つまねをして、威嚇した。
手綱を引きながら去り際に、入口からそっと見る柵内の様子は、多くの人々が切り出した木を運び、大きな丸太小屋を建設している最中である。その周りのあちこちでは、数人ずつでかたまった兵隊がしゃがみこんで、たばこを詰めた煙管をくゆらせながら笑顔を見せ、のんびりと雑談をしているように見受けられた。
川のほとりには畑が作られ、豆らしき作物がなりかけていた。
みんなで生活をしていた頃の名残りは、住まいも含めてすべて無くなっている。漁で得た獲物を処置していた作業小屋も消えていた。
ここでは何の情報も得ることができず、冬の住まいとしていた山を目指した。