カムイ
その夜は、一睡もできずにいた。
チニタとの出会いからコタンを離れるまでの思い出が、頭の中を何度も駆け巡り続けた。
安心しきった表情で、ぐっすりと眠っているセタエチが目覚める前に、小屋を出た。
文左衛門が粟の握り飯をいくつも用意し、干し肉と一緒に持たせてくれた。一緒に差し出された竹筒には、文左衛門が作った濁酒(どぶろく)が満たされている。
同行するつもりで尻尾を振っているセタを、「静かにしていろよ」と小声で言い聞かせて小屋に押し入れた。
キュィ〜ン、と鳴きながら戸をかいていたが、それはすぐに止んだ。幸い、セタエチは起きなかったようだ。
馬のいななきでセタエチが目覚めないように、しばらくの間手綱を引いて歩き、川のほとりに来ると馬に跨って、コタンを目指して馬を駆けさせた。
空を覆っている雲の裾が、ほんのりと赤みを帯び出してきている。
まだ闇の残る森の中を、踏みつけられて背の高い草が少ないけもの道を選んで、馬の腹を蹴った。