カムイ
黒い服を着た、たくさんの男たちが手に鉄砲を持ち、コタンの柵内に入って来るとみなを集め、コタンから出ていくように命じた、という。
文左衛門と共に聞き出して、セタのたどたどしい説明から、これだけを理解した。
アイヌは一般に争いを好まず、話し合いをしようとしたらしいのだが。チニタに何があったのか、セタエチの話からは分からなかった。
チニタはセタエチに、カムイがいるであろう余市の方角を教え、セタを伴ってひとりで行くように告げた、という。
その翌日、すでに魂の抜けたチニタが見つかったのだと、セタエチはしゃくり上げ、涙を流しながら、途切れ途切れにカムイに訴えた。
普段からの遊びとして教えられていた通りに、太陽の位置と影で方角を見、夜になると北極星を探して、どちらの方角に歩いて行けばよいのかを確認していたらしいのだが、途中で道が分からなくなり、歩きまわっているうちに川に突き当たった。それに沿って歩き下っている時にセタが偶然にも、カムイの臭いをかぎ取ったのだ。
なぜすぐに、チニタの元へ帰らなかったのだと、己を攻め立てた。
セタエチの話から想像するに、己がそばにいたなら、チニタは命を落とさずに済んだのではないだろうか。
自分の体を差し出して、己の命を助けてくれた・・チニタ。
頬を染めていつも恥じらいを見せた・・チニタ。
名前のごとく、夢を語る時のはじけんばかりの・・笑顔。
大切な女性ひとりですらも、守ることができずにいる。
そんな己が、相も変わらず加代を慕い続け、執着しているのだ。
もうどうすることもできない女性(にょしょう)なのだと知っていながら、この身を、同じような境遇においておくことを、己に課しているのだ。
セタエチは、オオカミや熊が出没する地帯を通って来るのに、ひとりで父である己を捜すのに、どんなに心細い気持ちでいたことか・・・無責任で、勝手気ままな父であるにもかかわらず・・・。
「すまなかったな」目尻に涙の跡を残して熟睡している寝顔に、そっと囁いた。
そして、たくましい精神を育んでくれたことを、チニタとコタンの人々に感謝した。