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カムイ

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懐かしのコタンは、今


 ヮオンワン、という犬の吠え声とともに、「アチャ」と言う子供のものらしい声が、川のある方角から聞こえてきた。
 畑仕事の手を止め、腰を浮かせて顔を少しあげたが、すぐに雑草と虫を取る作業に戻った。
 空耳に違いない。このような所へ、誰も訪ねて来るはずはない、と思ったのである。

 今度は、はっきりと、もっと大きな声が聞こえた。
 再び顔をあげて立ち上がると、川の方角に目をやった。
 上流の方向から、犬を連れた子供がやって来るのが見える。
 子供は、「アチャー!」と叫んで頭の上で手を大きくひと振りすると、駆け出した。白い犬が、子供のそばを離れずに付いている。

 カムイは、手で作業着をはたきながら畑から出ると、目を細め、口をほころばせて、両手を広げて出迎えた。
「セタエチ!」
「アチャッ(とうちゃんっ)!」
 セタエチは、持っていた弓を放り出し、カムイの腰に跳びついて顔をうずめた。カムイの股の間に片手を入れ、足の付け根の後ろで、痛いほどの力で両手をしっかりと組んでいる。
 白い犬は、カムイの両足の間に頭を突っ込んではくぐり抜けて、ハァッハァッと荒い呼吸をしながら、再び足の間をくぐり抜け・・・を繰り返し、グルグルと回り続けて再会の喜びを全身で表わしている。
 カムイはセタエチの、矢袋を背負ったままの背中を軽く叩きながら、頭をぐしゃぐしゃにかきまぜた後、両肩に手を置いて引き離すとしゃがんで、おもむろに顔を覗き込んで目を合わせた。
 セタエチの眼は潤んでいた。
「セタを連れて、おまえひとりで来たのか? 他に誰かと、一緒じゃないのか?」
 セタエチはうなずいて、カムイの肩に顔を押しつけてきた。押しつけられた肩は、瞬く間に涙で濡れて、冷たさが伝わってくる。

 喜びを示すのに一段落したセタはカムイのそばに座り、巻き尾を小刻みに振って、舌を垂らしたまま見上げている。
 三角形の小さな立ち耳。目尻がつり上がった、三角形の小さな目は笑っているように見えるが、それらはアイヌ犬(北海道犬)の特徴である。寒さに非常に強く勇敢で、クマ猟ではよく活躍をする。
 
 アイヌは一般に、個別に名前を付けない。子供の名は、3歳頃に自我が芽生えてから、その子の性格や特徴を見極めて、それに合った名前を付けるのである。それまではポン(小さい)、オソマ(うんこ)などと呼ぶことが多い。犬の名前は、そのままセタ(犬)である。
作品名:カムイ 作家名:健忘真実