カムイ
女の後に付いて連れていかれた部屋の正面には大きな机が置かれ、その後ろの壁には、大きな地図が貼ってある。
北海道の地図である。
「この地図を見ているのか? わしの王国だ。いずれ、わしの王国にしてみせるつもりだ。今の機会を、逃すつもりはねえ」
机を前に座っている男は50代と思われ、洋装にも拘らず、剃り上げた頭頂部に、白くなった髷をちょこんと乗せている。
右手の窓のところに立っている男は、20代後半といったところか。短髪で痩せぎすではあるが、目が鋭く隙がない。
「とうさん、こいつ、馬が欲しい、って」
「札幌で聞いてきた」
「あたいが育てた馬だ。そうやすやすとは譲れないね」
「鈴、出しゃばるんじゃぁねェ、引っ込んでろィ・・・お前さん、金はあるんだろうな。なりはアイヌのようだがその身のこなしは、元は侍といったところだろう。名は、なんという?」
「カムイ」
「ウォッホッホッ、なあるほど、アイヌ語で神、ねェ。フンお前か、噂は聞いている。十万両の隠し場所を知る、唯一の人物だとな。それにしちゃあ、質素ななりだな」
「馬を3頭、譲ってほしい」
「馬は、いる。だがな、売りもんじゃねェ。我々にとっちゃぁ、大切な移動の手段だ。この北海道に村下王国を作るのにな」
「アイヌと神々、の土地だ」
「お宝がいっぱい埋もれた、土地だ。幌内には、良質の石炭がわんさかとある。どうだえ、わしに出資しないか。悔しいことに、設備を整える資金が足りねェ」
「馬を、3頭」
「フン、鈴! 3頭だ。引っ張って来やァがれ」
鈴は、父親の言には逆らえないらしい。まだ幼さを残した顔をふくらませながら、短くした頭髪を掻くようにして、黙って部屋を出て行った。