カムイ
札幌の馬車屋に教えられたとおりに荒造りの道を歩いていると、[村下] と言う立て札があった。
それを過ぎさらに歩いていると、パカッパカッパカッ、と軽快な音と土埃を立てながら、馬が近づいてきた。馬の手綱を取っているのは、小柄な女だ。
カムイの周りをグルグルと並足で回りながら、ジロジロとねめ付けるような、鋭い視線を投げかけてきた。着物でも袴でもなく、女性にはめずらしい、皮の短いパンツを着けている。
「何しに来たのさ」
カムイは立ち止まって、前方を見つめたまま答えた。
「馬が欲しい」
「フン。うちは馬屋じゃないんだ。馬が欲しけりゃ、函館に行きな」
「村下殿か?」
跳ねっかえりらしい、自我の強い士族崩れの女の顔に視線を当てて言った。
「そ、村下殿、さ。フン、ま、いいだろ。お前が不細工な男だったら、追い返すところだったんだがネ」
ジロジロと見ていた女は、それだけを言い残すと手綱を返して、駆け去って行った。
さらにしばらく進むと、木々に囲まれるようにして屋敷はあった。離れて、厩らしき建物も見える。
屋敷は、札幌で多く見かけたのと同じ、二階建ての西洋式レンガ造りで、ガラスがはまった窓がいくつも作られていた。屋根には、短い煙突が付き出ている。
その屋敷の戸口のところでは、先ほど出会った女が腕組みをして、柱にもたれて立っていた。
カムイの姿を近くに認めると、中に向かって、「来たよ」と言い、カムイには中に入るようにと、無言で顎をしゃくって示した。