カムイ
羆はすでに、カムイの臭いを捉えていた。
先入観にとらわれた村人が言うほどには、凶暴ではなくなっている。羆も寿命が近づいていたからかもしれない。
おぞましい覚えのある臭いではあるが、カムイとは一定の距離を取って、羆は移動していた。何日もそれが続くといつの間にか、カムイに対して愛着のようなものを感じていたのである。
通り道には、爪跡や体をこすったような痕跡を残した。
カムイの気配が消えると、再び現れるまで待ち、それから移動を開始した。
カムイもその羆に執着し、撃ちとることも目的ではあるが、もう一度その姿を拝みたい、と思っていた。自分の腕を食べた熊、である。
何カ月もそれは続いた。
カムイはその間、一度も家に帰らずに、執念から一途に羆を追い続けた。
だが羆は、ついに己の寿命を悟り、死の谷への道をたどった。
そこは多くの生き物が、最期を過ごす場所である。食べる物は必要ではなくなっている。寿命が尽きる前には、もう食べる必要はない。
死の谷に下りていくと、体を横たえた。
月はいつも、羆の臭いを捉えるとカムイに教える。しかし羆の姿はいつも先にあって、その姿を捉える事が出来なかった。
谷へ下る道があり、そこにはかすかに羆の臭いが残っていた、と同時に、死臭が漂ってきていた。
月は悟った。死にゆく動物(もの)が、体を横たえ最期を迎える場所であることを。
その近くで野宿をした時、カムイが眠っている間に、月はその谷へ下りていき、体を横たえ目を閉じた。