カムイ
エピローグ
馬に混じって、20頭あまりの牛が草を食んでいた。手始めに飼い始めた乳牛たちである。
牛舎が建ち、毎日早朝から家族総出で、搾乳が行われている。それが終わってから牧に放されるのである。搾った乳は樽に入れて近くの町まで荷馬車で運び、そこで加工され売られていた。
皆は、セタエチの教えに従い恐る恐る握って引っ張るようにしていたが、今ではリズミカルに搾乳できるようになってきた。
ひとり生き残ったアイヌの少女ヲコロマは和名を於鼓とし、江別の鈴の生家に預けられていたが、今はセタエチの妻となり、セタエチと鈴を助けてよく働いていた。
同じアイヌの血を引くセタエチだけには心を許し、セタエチも同情ではなく、ヲコロマ自身の持つ、また民族としての魅力にひかれていったのである。
無残な最期に見舞われた人々は、森のその場所に丁重に埋葬し、和式の祠を立てて祀ってきた。
ヲコロマは当初、その森自体を見ることが出来なかった。カムイの家でさえ、来ることを拒んでいたのだが、新しい家族の心遣いによって少しずつ現実を受け入れていくことができ、今では毎日、お参りに行くようになっていた。
だが、自分たちが日々生きていくことに手いっぱいで、アイヌの伝統を密かに残すことにまでは、力が及んでいない。
イトコイたちが埋めたアイヌ伝統品の所在は、不明のままである。
ヲコロマが体験した惨劇に、森で過ごした時の記憶は、わずかしか残っていなかったからである。
また文左衛門は、息子の勘蔵を埋葬した場所で、共に眠っている。
凛は、牧場と母の手助けをしている。
「父さんみたいな素敵な人が、現れないかなぁ」
と口癖のように言っている、結婚にあこがれている年頃である。
凛は、加代という女性のことは知らない。もし知れば、なんと言うだろうか、と鈴は心の中で苦笑している。
春彦は、叔父の雄作の希望もあり、炭鉱の事務所に詰めて見習いをしている。
度量と才気におぼつかない点があることもあり、セタエチが時々炭鉱に寄っては、手助けをしているという現状ではあるが。
雄作は、健康に不安を抱えていた。
「セタエチが継いでくれたら、安心していつでも彼岸に渡れるのだが」と、顔を合わせるたびに言う。
春彦もセタエチを頼りにして、家を離れて学校に通っていたのだ。