カムイ
森から出て平原を、馬を引きながらうつむき、憔悴しきって歩いていた源三郎は、駅で雇った馬車に乗ってやって来た加代と行き合った。
加代は、御者に止まるようにと声をかけ降りると、「ここまでで結構でございます」と言って支払いを済ませて、馬車が去って行くのを見送った。
広い平原の中の、荒れた一本道である。源三郎と並んで、ゆっくりと歩いた。
「彦四郎様に、会われたのですか?」
目を泳がせて少しためらったが、彦四郎に言われたとおりにきっぱりと否定した。
「その汗は、いかがなされました?」
「も、森の中で熊に出会い、命からがら逃げてきたのだ」
「まあ、怖い」と言ったきり、加代は黙り込んだ。
ふたりは黙りこくって歩いていたが、意を決して加代は問いかけた。
「彦四郎様にお会いになったら、どうされるおつもりだったのですか?」
「お前と二度と会わないように、言うつもりだった」
「ほんとに、それだけでございますか?・・・何度も申しますが、わたくしは、彦四郎様とはお会いしてはおりません。初めて、生きておられたお姿をお見せになった日、ただ一度だけでございます・・・わたくしは、あなたの、源三郎の妻なのですよ。わたくしがお慕い申し上げているのは、あなただけです」
加代は静かに、だが力強く言うと、源三郎を見上げた。
「加代、すまない。疑って、すまないっ!」
うつむいたまま聞いていた源三郎は立ち止まって、加代に向き合うと頭を下げた。
加代は源三郎の両手を取って、強く握りしめた。