カムイ
藪がざわついたかと思うと、突然大きな羆が現れた。源三郎のすぐ後ろである。左目に瞳はなく、灰色に濁っている。
餌を探して森の中をうろついていた羆は、覚えのあるおぞましい臭いを、吹き寄せる風の中に嗅ぎつけて、風に向かってやって来たのだ。
羆は咆えた。
同時に、源三郎は後ろを振り向いて叫び声を上げた。羆は後ろ脚で立ち上がり、両手を上に上げて、さらに咆えた。
「ワァ―――」と叫んで刀を落とし、その位置で固まったまま動けないでいる源三郎。
カムイは咄嗟に源三郎の近くまで走り、弓で源三郎の顔面を打ちつけた。それで気を持ち直した源三郎は、走って羆から遠ざかる。
羆は四つん這いに戻ると、辿って来た臭いの元である、カムイに跳び付いた。
山刀を抜いている暇はなく、跳び下がって弓で払おうとしたが、弓を持ったままの左手を咥えられてしまった。
羆の爪の一撃を喰らうと、即死かもしれない。牙が腕に食い込んでくる。そのまま引っ張り、引きずり去ろうとしている。
腕を咥えられた瞬間に足を大きく開いて踏ん張り、右手で山刀を引き抜くと、一旦伸び上がるようにして右腕を大きく振りかぶって、「ヌオ――ッ」と雄叫びを上げ、思いっきり打ちおろして、自分の上腕を切り離した。
切り口からは、血が勢いよくほとばしり出た。
それには構わずに、すぐに腰を落として、返す刀で羆の顔を目がけて振り抜いた。
頬から鼻にかけて切り裂かれた羆は一旦立ち上がると、ドスン、という大きな音をさせて四肢を地面に付け向きを変えると、カムイの血の滴る腕を咥えたまま、藪の中に走り込んで行った。
「ウウ――ッ」
残っている腕をかかえてうずくまるカムイ。血があふれ出てくる。
源三郎は、「アワワワワ」と言ったきり尻を地に付けたままで、動けないでいる。