カムイ
カムイは、森の中に、鹿を撃ち止めるための罠をかけていた。その間は、入り込んだ人間がそれに引っかからないように、野宿をして監視している。
文左衛門が生きていた頃には、馬に乗って追いかけたり、あるいは走るようにして追いかけて挟み撃ちにするか、渓谷に追い込んで撃ちとっていた。
だが、セタも文左衛門もいなくなった今では、ひとり弓を提げて自力で走り続けるほど、息も足も続かない。
鹿の通り道を見極めて、罠を掛けて置くのである。
月を宿営地に残したまま、罠を仕掛けた場所へ確認をしに行った。
鹿は、そのそばを素通りしただけであることが分かる。
罠を掛け直して宿営地に戻り、薪にする折れた小枝や枯れた太い枝を集めていると、「彦四郎」と呼ぶ人の声が聞こえた。このような森の中で、人に声をかけられたことはない。しかも長く使っていない呼び名である。びっくりしてあたりを見回した。
木の間を縫って、馬に乗った男が近づいて来る。
心当たりのない男を迎えるために、抱えていた枝をその場に置くと腰を伸ばしながら立ち上がり、首に掛けていた弓を手に取った。