カムイ
翌朝、セタエチはいつも通り姿勢を正して、食膳に付いていた。
食事を終えると、膝に手を置いて口を開いた。
「親父、話がある」
茶を啜っていたカムイは、湯のみを持ったままセタエチを見た。
「もう話したはずだ。そうしつこく言うな」
「違うよ。話というのは、雄作おじさんのことだよ」
鈴は後片付けの手を止めて、板の間に座り直した。
「おじさん、後を継いでくれないか、って」
妻子を持たなかった雄作には、後継ぎがいなかった。炭鉱の経営は安定していたが、雄作の憂慮するところは、親父と始めた炭鉱事業が、他人の手に渡ってしまうことである。血の繋がりのある春彦はまだ無理だが、セタエチは度量があり、信頼もされている人物であった。
「それで、引き受けたのかい」
鈴は嬉しくて、身を乗り出して片手を突き、勢いこんで言った。兄の雄作に、セタエチが必要とされていることに満足したのである。
「断わったよ」
落胆した様子の母に顔を向けた。
「僕は、牧場を経営する勉強をしています、と言ったんだ」
カムイは湯のみを膳の上に戻すと、顔を上げてセタエチを見た。
「僕、この牧場をもっと効率よく育てていきたいと思っています」
「効率よく、ってどういうことだ?」
セタエチは、喉をごくりと鳴らすと唇を湿らし、父の目を真直ぐに捉えて語り出した。
「アメリカでは機械化が進んでいて、馬だけじゃぁなく、牛を主体とした牧畜が、盛んに行われているそうです。牛の乳を飲む習慣があり、牛の乳からは、いろいろな食べ物を作ることが出来るのです。また牛の肉が毎日、多くの人々に食されているとのことです。この日本国においても、そういった食習慣が、いずれは普及していくものと思われます」
「けっ、何が牛だ。何が機械化だ。機械で、馬を育てることはできん。馬は、手塩を掛けて育てるもんだ」
「父さん、時代は変わってるんだ。時代が求めている物を提供していくことが、これから生きていくためには必要なんだ。だから僕、まだまだ勉強して、それらの知識を身に付けていくつもりだよ」
「手塩かけて育てた牛を耕作に使うのでなく、殺して食べるのが目的で育てるというのか? そんなことが、許されるのか? 動物の肉は、狩猟で得るもんだ。神が分け与えてくれる分だけで、いいじゃないか」
カムイは立ち上がると、外に出て行った。
牧では、そこここに散らばっている馬たちが、大地に生えている草を食んでいる、のどかな風景が広がっていた。