カムイ
カムイは、黙ったまま作業を続けていた。
鈴にまでその声は届いている。
鈴は手を止めて、繕い物を膝の上に下ろし、セタエチが乗ってきた馬をぼんやりと眺めていた。馬の鞍にぶら下がっている瓢箪は、文左衛門が愛用していた酒入れである。
カムイの声がした。
「加代さんはなぁ・・・そうだな、たとえて言うなら・・・お月さん、だな。お月さんは手の届かない所にあって、その美しさを、ただ愛でる、というもんだ・・・その姿を、遠くから眺めているだけ・・・またそれがぁ、待ち遠しくもある・・・というか」
「母さんは、父さんの・・・なんなんだよ」
セタエチは、頭を垂れてくぐもった声で言った。
しばらく沈黙が続き、縄を打つ音だけが聞こえている。
そしてすべての音が、止んだ。
「鈴は・・・そうさなぁ・・・太陽、だな。お天道さんがなけりゃぁ、何も育たない。生きてはぁいけない・・・無くてはならない存在だ・・・しかも・・・・・・今ではワシの体の一部、みたいなもんだ」
遠くを見るような目でそれだけを言うと、口元をほころばせて作業に戻った。
鈴は、繕い物を握りしめて、その上に涙を落した。片手を口と鼻に持っていき、啜りあげている。そして繕い物を横に置いて、着物の胸元から手拭いを取り出すと、目元に当てた。
セタエチはそのまま横に倒れて、鼾をかいていた。