カムイ
それぞれの情愛
「おやじィ、このォ〜ッ、糞親父ィ――!」
セタエチは、空に向かって大声でがなりたてていた。すでに出来上がった状態で、馬に揺られて帰って来たのである。
鞍に引っ掛けられた酒の入った瓢箪が、馬の歩みに会わせて、パコンポコン、と音を立てて揺れている。
「セタエチ、お前かなり飲んでるんじゃないかい。まだ昼過ぎだよ」
庭先で、危なっかしい体(てい)で馬を下り、足元をふらつかせているセタエチを見た鈴は、庭に面した引き戸を全開にして、部屋の中で繕い物をしていた。
「ゥィッ、ッ母さん、糞親父は?」
「なんだい、その言い方は。お父さんなら、納屋で縄をなってると思うけど」
セタエチは、札幌農学校に通う学生である。今では、学校の近くの下宿屋に住み込んでいる。
「どうしたんだい、そんなに酔っぱらって」
セタエチはそれには答えずに納屋に行くと、入口に突っ立ったまま据わった目でカムイを睨んだ。
「おお、帰ったか。どうだ、ワシが持って行ってやった濁酒(どぶろく)は。うまかろうて」
「おおおゥ、親父の作った酒は、格別よ。だがな、ヒャック、酒を届けてくれた後、どこォ行ったんだァ? 余市だろう? ゥイッ、セタエチの親父さん、余市まで、ハーッ、何をしに行ってるんだい? だってさァ。ハハッ、見られてんだよォ」
セタエチは、カムイの前であぐらをかいて、赤い目をして体を揺らしている。
「まだ、あの人に、会ってんのかよゥ。母さんが・・・可愛そうじゃないか・・・いったい、何考えてんだ、ヒャック」