カムイ
セタエチが帰って来た時に、アイヌ民が川向うの森の中で生活をしていることを聞いて、夜、こっそりとのぞきに行った。幼少期を過ごしたアイヌの人々の暮らしには、大きな興味を抱いていた。
焚火を囲んで、男も女も楽しそうに輪になって踊り、時にはしんみりとした声で詩(うた)をうたっている。
立ち木に隠れてその様子を見ていたのだが、不意に肩を叩かれて振り向くと、青年が立っていた。
「名前は?」
「セタエチ」と応えて、びっくりした。アイヌ語を覚えているのだ。
「お前、私と同じ仲間だな。私はフクタイン」
「かぁちゃんが、アイヌだ」
「お前の言葉は、幼児語だ。こっちへ来い、一緒に火を囲もう。アイヌの文化を、知るが良い」
セタエチは焚火のそばに連れて行かれ、イトコイに紹介されるとその隣に座らされた。フクタインも隣であぐらをかき、いろいろなことを教えてくれる。
「あの踊りは、鶴の舞、という」
女が、着ている白地に黒色の文様が入ったアイヌ服の裾を、両手で背中側からからげて持ち上げ、羽のように広げて軽やかに舞っている。ふたりが向きあって時々お辞儀をして、羽のようにみえる腕を優雅に動かしている。
そこには、丹頂鶴の求愛する姿が出現していた。
「あそこで、口に当てて音を出している楽器は、ムックリ、だ」
竹製の薄い板で作った楽器で、紐を引くことで弁を振動させて音を出す。それを口に当てて共鳴させ、口の形を変えることで異なる音色を出している、口琴、というものだ。
「私たちは文字を持たない。詩(うた)、をうたうことで、その中に織り込まれている昔からの伝承を、次世代に残していく」
ユカラ、という叙事詩をうたうことは、自然の神々の神話や英雄の伝説を、口伝え(口承)での、言葉による豊かな表現で、語り伝えていくことになる。
即効で詩を口ずさみ、自分の心を表したりすることもある。
踊りが終わると、太鼓や近くにある食器などの音が出る物を打ちならし、そのリズムに酔いしれているかのようにして、老女がユカラを口ずさんでいる。
アイヌは、普段は酒を口にしない。祭礼で神に供える時ぐらいだ。
だが毎晩、このように火の周りに一族が集まって、踊りうたい、民族の文化を伝承していく。