カムイ
外から小屋の中を覗き込もうとした時、ざるを抱えた女性が現れた。継ぎを当ててはいるが、こざっぱりとした着物を着ている。背中には、すやすやと眠る赤子を負ぶって。
しばらく首を傾げカムイを見つめていたが、さっと表情を変えた。
カムイの髪は伸び、顔はひげで覆われていたが、まっすぐ見つめてくる真摯なまなざしには、忘れもしない深遠な優しさをたたえていた。
持っていたざるを落とし、中のものが散乱した。
コロコロと転がっていくウド。それでもそのままの立姿で、視線をカムイからはずさない。
カムイの視線もまた、加代を捉えたままだ。
「彦四郎・・さま・・・」
つぶやくように言う、加代。
「加代殿」と言って引き寄せようとしたカムイの手から逃れ、頭を左右に振る。
「わたくしは婿殿を迎え、ややこもほれ、この通り」
背負った子供を見せるようにし、散らばった草の実をざるに拾い集めながら、動きを止めるとしゃがんだまま、うつむいて言った。
「箱館の戦で、お亡くなりになったという話を、信じておりました」
そして立ち上がると、カムイの眼を覗き込むようにして、尋ねた。
「なぜ、会津を捨て五稜郭に行かれたのですか。いえ・・・なぜわたくしを置き去りになさったのですか?」
「私は一日たりとも、加代殿のことを忘れたことはございません。だが、徳川様の為に一命を賭すことが、藩から禄を頂く武士である私にとっては、最も重大なお役目でございました。それで、江戸で知り合った新撰組の土方殿に、命運をお預けしたのです」
「その土方殿は、二股で討ち死になさったとか・・・その時に彦四郎様も、と聞いておりました」
「私は江差沖で、暴風雪によって座礁し、沈みゆく幕府の軍用艦である開陽丸から、大切な品々を運び出す、というお役目に当たっておりました。その折に土方殿とは別行動をとり、討ち死にすることをまぬがれたのです」
「ではもしや・・・十万両のご金子を・・その任に当たられた方々は凍死の状態で発見されたが、十万両の行方は、分からずじまいだと聞き及んでおります」
「・・・十万両の行方は知りませんが、凍死寸前のところを助けられました」
ふたりは黙ったまま、しばらく見つめあった。
生きて再会できたことの喜び。
だが今さらどうしようもない、ふたりの宿命。